偽善者とギルドハウス 前篇
生産を教え込む場所が無い。
それに気づいたのは、すぐのことだった。
まだ『ユニーク』の生産場所を借りてもいいが、俺が後から弄ったとはいえ生産器具そのものの質がよろしくない。
クラーレたちの生産をやらせる者たちに使わせるのには……いささか技術不足と言えてしまうクオリティだからな。
「ますたーたち、ギルドハウスは?」
「む、無茶言わないでくださいよ。『ユニーク』のような有名ギルドならともかく、わたしたちのような弱小ギルドにギルドハウスはありません」
「なんで? ギルドはギルドハウスを持っているものじゃないの?」
「……ああ、メルは噂の多いあの人だったわね。むしろ、貴方の方がどうやって生活しているか謎なんだけど……」
そんなことを言いつつも、シガンがその理由を分かりやすく説明してくれた。
前提条件であるギルドの結成、そしてギルドハウス建設権というあまりにも懐かしすぎるアイテムの入手はしているらしい。
「ただ、私たちの場合は生産……というよりも、建築スキルの持ち主と縁を持つ人がいない。だから、選択肢は既存の家を買うというものしかない」
「ということは、土地だけ買って家を造ればそれでもいいってことなんだね?」
「ある程度の広さの家なら、なんでもいいらしいわ。けど家なんて、そう簡単に決められるものでもないでしょ?」
それもそうか。
別荘を見せたら大興奮して、そのままギルドハウスとして使おうとした奴らとは考え方も異なるか。
しかし、今回は未来多き新人プレイヤーたちのためだ。
──多少鬼になっても、ギルドハウスを手に入れる必要がある。
「ハァ……。とりあえず、みんなで過ごしやすい土地でも見つけて買ってきて」
「え、えっと……メル?」
「あと土地を買っている最中でいいから、どういう家がいいかを纏めてね。どんな些細なことでも、書いといてくれればある程度形にしておくから。締め切りになったら、一度連絡するよ」
「貴方……まさか、建築も!?」
「──私はますたーの願いを叶えるだけ。少しばかり偽善だけど、これもあの新人さんたちのためだからね」
まあ、つまりはそういうことになった。
◆ □ ◆ □ ◆
???
土地などという数限りあるものを争う……それは言葉を変えて何度も繰り返されてきた人類史でもある。
一番有名なのは、領土という土地を別の国と争う『戦争』という言葉だ。
何千、何万もの人々がその犠牲となり、生きて帰ることなく戦線で旅立って逝った。
それは今も規模を変え、意味を変えてこの世界にまで届いている。
「──結局、土地すら用意できなかったと」
現状を纏めれば、この言葉に尽きる。
いい場所を探すため、勢いよく動き出した彼女たちだったんだが……このご時世、土地などそう簡単に入手できるはずもない。
「国の管理していない魔物が出る土地、そこも取られてたの?」
「結界用のアイテムがありませんよ。しかもそれ、イベントの報酬カタログでしか出てませんからね、まだ」
「うん、知ってる。でも一人ぐらい、そうしてギルド建設に率先的な人が居てもよかったかなって信じてたんだよ」
『うぐっ……!』
安全な場所が確保されていれば、その場所に家を建てることができる。
それが半永久であることで、ようやくギルドハウスとして登録が可能なのだ。
結界の魔道具は、かつて手に入れた『インスタントポータル』の上位互換的存在とでも考えてほしい。
あれが壊されるまで、その土地は安全領域なのだ。
まあ、すべての土地をそれだけで確保できるわけもなく、町から何エリアか離れた場所でしか建物は置けないんだけどな。
「なのに、要求だけは一丁前に全員が大量に書いていて……恥ずかしくないの? ねえ、完全にやる気ないよね?」
「……これまでは、ギルドハウスが無くてもどうにかなってたもん……」
「新人を入れるのに、安心して待機できる場所が無いなんて言えるの? まったく、約束の時間になったから訊いてみれば、全員が全員まだ土地を見つけてないだのうだうだうだうだ……私、がっかりしました!」
いやまあ、理由は納得したけどな。
PKプレイヤーなら結界を破壊しようと奮闘するだろうし、そうじゃないプレイヤーでも交渉や伝手でどこかの土地を確保する。
──その余地が無い程、彼女たちの活動範囲の土地は他のプレイヤーによって占拠されているのだ。
「というわけで、皆さんもう分かっているでしょうが……ここはどこでしょう!」
「……見たことありません、シガンは分かりますか?」
「マップ機能は……始まりの草原? こんな場所があったの?」
「いや、そうではなかろう。明らかにフィールドが違いすぎる」
「だいたい、魔物の反応がまったく感じられないわよ」
「他の~プレイヤ~の~、反応もないよ~」
「何かないか……って、うわっ!」
おっ、気づいたみたいだな。
空を見上げたコパンが、何かに驚いて声を上げる。
その様子を見て上を見た彼女たちもまた、それに気づくことになる。
「ちょ、ちょっと待ってください。……じゃあここは、もしかして!」
ダッシュで離れた場所へ向かうクラーレ。
前以ってヒントを知っているプーチ以外の者には、少々難しいかな?
実際彼女だけは、そのときのことを思い出して何やら考え始めているし。
しばらくして、クラーレは帰ってきた──解答といっしょに。





