偽善者と月の乙女 その06
「」(プレイヤーに付与された)人間種の共通言語
『』異種族言語による発言
【】ウィスパー機能での会話
……修正が入ったので念のため。
「……えっと、何度も言うけど無理だから諦めろよ」
「黙れ! ……そうだ、この手があった」
必死に解呪を行う大悪魔を止めようとしたメルスだが、大悪魔は突然歪んだ笑みをメルスに向ける。
「貴様が死ねば、この魔法も解けるだろう。そうさ、貴様のような雑魚ならばボクでなくとも殺せる」
大悪魔がそう言うと、再び周囲に魔方陣が展開される。
だが、数が圧倒的に異なった。
『偉大なるお方、我らにご命令を!』
その数20枚。
現れたのは濃密な魔力をその身に宿す、黒き翼を携えし悪魔たち。
すべてが大悪魔に向けて忠誠の証を見せ、傅いていた。
「うん、よく来たね君たち。さっそくだけれど──仕事の時間だ」
「……うわー、凄い嫌な予感」
「この場に居る全員を、今すぐ皆殺しだ!」
『ハッ! 仰せのままに!』
「テンプレ乙ー」
悪魔たちは大悪魔の指示を受けて動く。
ある者は宙を飛び、ある者は地を這って少年少女に襲いかかろうとする──が、
「だけど、さすがにイレギュラーを受け入れるわけにはいかないのさ──クラーレ!」
「は、はいっ!」
「悪魔一体、任せた」
「はい……って、え゛!?」
「さぁ、悪魔共! いっしょに遊ぼうじゃないか! 先着20名様だけだがな!」
メルスが地面に手を当てると、魔力で構成された巨大な結界が生成された。
箱のように闘技場を囲む結界の中に、少女たちとメルスが居る場所を隔つようにもう一枚結界が存在する。
これにより、もっとも少女たちに近づいていた悪魔以外が、全てメルス側に誘導される形となった。
「相手が大悪魔じゃないから、デバフは無しにしておく。それでも強いみたいだし、どうにか倒してみてくれや」
そう言うと、二つの集団を隔てていた結界が黒く染まった。
◆ □ ◆ □ ◆
「戸惑っている隙に、先手を打ちましょう。まずはバフを……“聖具化”!」
クラーレはメルスの指示通り、悪魔を討伐することに集中する。
仲間たちの武器に破邪の光を纏わせ、悪魔への優位を整えていった。
それから重ねて能力値を強化し、ダメージ半減や反射神経強化、身体強化などの補助に関する魔法で支援を行う。
悪魔との距離は少しずつ縮まり、残り数十秒で彼女たちの元へ到達する。
【みんな、わたしが弱体化させますので、魔法が発動したら強烈な技をお願いします】
【なら、いっしょにアレを使いたいわね……カウントはどれくらい?】
【ちょっと詠唱、というより魔力を用意するのに時間が掛かりますので……十秒程です】
【なら、時間稼ぎしてくるね】
【はい、詠唱始めます】
クラーレは、立ったまま瞳を閉じる。
メルスに渡された武器の効果で、集中すれば超高速の魔力回復が行えるからだ。
仲間を信じて無防備な状態になる。
それは確固な信頼があるからこそ、できることだった。
『ムムッ。魔力の反応がスルナ……ソウはさせんゾ!』
「いや、何を言っているか分からないわ!」
苦無を握り締めた少女──ノエルが悪魔にダッシュで近づいていく。
同時に、手でいくつかの印を結んでいた。
『正面から来るナド笑止。そのママ潰れ……何ッ!?』
「「「「“影分身之術”! さぁ、どれが本物か分かるかしら?」」」」
悪魔がノエルへ拳を当てた……だが、殴られたと思われたノエルの体は、煙を周囲に撒き散らして消えていった。
それと同時に、悪魔を取り囲むように四人のノエルが現れ、苦無を投げ始める。
『ムムムッ! 浄化の力を感ジル……ダガ、コノ程度では効カン効カン!』
【どうする? クラーレの魔法、効いてないみたいよ】
【大丈夫です、この魔法が発動すれば攻撃が効くようになります】
【分かったわ、もう少し粘ってみる】
少しずつ分身の数を減らしながら、ノエルは文字通り体を張って時間を稼ぐ。
ディオンが悪魔からの不意打ちに対応するため、シガンが【未来先撃】を行うために前衛に参加できない今、回避盾職でもある『くノ一』のノエルが頑張っていた。
「“空蝉之術”」
『小癪ナ! 早ク死ヌがヨイ!』
「ま、まだまだ──“変わり身之術”!」
高速で印を組み替えて、悪魔の猛攻を回避し続けたノエル。
頭の中で聞こえた声を合図に、脱出用の能力で後方に退避する。
「行きます──“蒸光”!」
『こ、コレは──ウガァァァァァァァァ!!』
溢れんばかりの魔力を解き放ったクラーレが発動した、“蒸光”。
天から降り注ぐ柱のような神聖な力が、敵対する相手を問答無用で浄化する、彼女が使える最高位の破邪魔法であった。
『ぐ、グゴァア……あ、甘イ、コンナもので倒セル程、弱クはナイワァアアア!』
しかし悪魔はそれに耐え、怒れる内情が魔力となって体から溢れ出る。
ゆっくりと光の柱を押し返していき、反撃のチャンスを生み出そうとする……が、
「──今です、一撃を!」
「……4、3、2、1──“空間破撃”!」
「……■■■■──“熔岩砲”~」
「“溜込打”!」
「“大震槌災”!」
「“雷龍弾之術”!」
「わたしも──“穿光突”!」
『ば、馬鹿ヌァアアアアアアアアア!』
いっせいに放たれた攻撃の数々。
悪魔は“蒸光”によって弱体化されていたため、防御を取ることができないままそれをくらう。
別世界の自分ごと切り刻まれ、灼熱の熔岩の力に融かされ、溜め込まれた攻撃をぶつけられ、震える大地の怒りを受け、暴れ狂う稲妻の電撃を浴び、螺旋回転で放たれた突きを心臓とも言える核の部分で。
抗うことのできない力の奔流に、悪魔は存在ごとこの世界から消え去ってしまう。
平行世界に住まう自分すら殺されたため、復活することはありえない。
「…………やった、のかしら」
「ああ、やったな」
リーダーである魔法剣士と盾騎士は、そう確信する。
「それって、フラグじゃないの?」
「大丈夫でしょ、リーダーのアレってフラグクラッシャーでもあるしさ」
懸念するくノ一を魔壊士が宥める。
「どうしたの~、クラーレ~」
「いえ、わたしたちが一体の悪魔に苦戦しているのに、メルスはボスである大悪魔と残りの悪魔を──」
「……チッ、あんなのどうでもいいじゃん」
「本当に毒舌になりますね、プーチは」
司祭と魔女は、会話の末にメルスのことを考える。
一人は心配し、一人は嫌悪した少年。
偽善者は独り、黒く塗り潰された結界の先で悪魔たちと踊っている。
「……どうせアレのことだし、すぐに終わらせる──ほら、ね?」
「いや、速すぎませんか?」
地を出したプーチは、パーティー内で最も高い魔力感知能力でいち早くそれに気づく。
結界に張り付いた黒色の暗幕は、ボロボロと乾いたペンキのように剥がれ落ちていくのだった。





