偽善者と謎の男
今のわたしに繋がる原点、それはどこにあるのでしょうか?
子供の頃はしっかりと人と言葉を交わせていましたし、仲の良い友達がいた……と思います。
少しずつ成長していく内に別々の道を歩んでいき、疎遠になった友達もいます。
連絡を取る手段を持たず、直接会って遊ぶような関係でしたので、今も会うような人はいないんですけど。
でも、案外簡単なことが原因なのかもしれません。
ただ単に、話すことが苦手になっただけ。
相手のことを考えるあまり、どう接していいかを深く考え過ぎてしまうだけ。
臆病で弱虫で、大切な覚悟を決まらなかっただけ。
──自分に対する、勇気と自信が無かっただけ。
とても古い記憶の中、わたしは友達といっしょに遊んでいました。
鬼ごっこだったりかくれんぼだったり、縄跳びやサッカー、かけっこなどのアウトドアなことをしています。
活発とまでは言わなくとも、今よりは明るかったわたしは、外で遊ぶことが多かったと思います。
そんなわたしが、今では人と話すことを恐れるようになった……不思議ですね。
そのお蔭で今のわたしがありますので、卑屈な考え方にも感謝でしょうか。
話せなかったからこそ、シガンと会ったわけであり、『月の乙女』のみんなと会えたのであり──メルちゃんと会えたわけです。
◆ □ ◆ □ ◆
「(わたしは……そろそろ死ぬのかな?)」
体はピクリとも動かず、視界の端でゆっくりとHPゲージの色が失われているのが見えています。
同じく視界内に熊さんも映っており、ピクリとも動かずに地に伏せています。
プレイヤーは死んでも神殿で蘇ることができる、これはゲームなのだから死にかけの今でも冷静な思考ができます。
「(そういえば、メルちゃんは……どこにいるんでしょうか?)」
熊さんとの戦いに集中した結果、一瞬メルちゃんのことを忘れていました。
頭部を動かすことができませんので、スキルを使って探してみると──
「──うん、まあ……そういうことだね。だからこそ、私は……」
メルちゃんは、誰かと話していました。
索敵によると、相手は一人です。
しかし、それはとんでもない魔力を内に秘めていることが索敵で分かります。
メルちゃんはそんな相手にも恐れず、淡々と会話を行っていました。
より深く、聴覚を強化して聞きたかったのですが、死にかけの状況ではMPが回復しないらしく、これ以上は調べられません。
「せめて、……の治療を。……そう、なら力尽くで……てもらう!」
メルちゃんはわたしを回復しようとしたのでしょうが、相手の人がそれを防いでいるようです。
武器を打ち合う音や魔法を放つ音、地面を蹴る音や体を叩く音が聞こえてきます。
「“リ、ジェネレー、ト”!」
メルちゃんの魔法は無詠唱でも発動するはずですが、敢えて詠唱することで効果をより発揮させたのでしょう。
実際、わたしのHPゲージは目に見える速度で再び色を取り戻していってます。
そのお蔭か、MPも回復するようになりました。
さっそく聴覚を強化しましょう。
「このタイミングでそんな雑兵を蘇生してどうする。どれだけ抗おうと、圧倒的な力の前にただの祈念者では何もできない……そんなことは、分かっているだろう」
「ふふっ。さーてね、少なくともお前をますたー一人で倒すことは無理だと思うよ。だけど、ますたーにはまだやることがあるんだ。それにはまず、自分で動いてもらうのが一番だと思っただけだよ」
「祈念者など、勇気と蛮勇を履き違えた異界の者たちであろう。それに……貴様のような異物は、この世から消えた方がよい」
「私を招いたのはそっちの方、何をしようとこっちの自由でしょ?」
相手の方は、若い男性の声ですね。
プレイヤーのことをだいぶ邪魔な存在として見ているようですが……メルちゃんが異物と呼ばれていることが気になります。
召喚獣であれば、この世界の人でも使役している方がいます。
メルちゃんは召喚獣では無く、男の方が嫌悪するナニカである……ということですか。
その言葉にメルちゃんは、肯定の意を示しています。
メルちゃんがここに来る前に話してくれたたとえ話、あれが本当だとしたら……。
「あの雑兵をすぐに殺してやってもいいのだが……貴様が居る限り、それは難しくなりそうだな」
「ますたーを触るには、私を倒さないと駄目だよ。結界が張ってあるからね」
「そう、だな。まずは貴様を殺し、あの雑兵から糧を得ることにしようか」
「たぶんそれは──絶対に無理だねっ!」
激しくぶつかりあう音が鳴り、二人の戦闘が始まったことを示しています。
一旦聴覚の強化を切り、肉体の再生を行っていきます。
メルちゃんの戦いを、わたしは見届けたいです。
たとえ結界で向かうことができなくても、ただ這い蹲っているだけなのは嫌なのです。
「よし、メルちゃ──ん……」
そして、体の修繕を終わらせたわたしは、体の動きを確かめてから起き上がりました。
メルちゃんは多分、“継続治癒”の他にも別の魔法を使ったのでしょう。
普段よりもすぐに体が治り、こうして立てるようになりました。
二人の戦いを見たわたしは……そこで、見てしまいました──
「やはり、異物とて所詮ははみ出し者。この私にかかれば、殺すことも容易いわ」
「メルちゃんっ!」
ピクリとも動かない姿で、男の方に頭を踏み付けられているメルちゃんの姿を。
戦いの果てに振り下ろされる剣。
嘆く少女の慟哭を嘲笑う、男の言葉は少女を黒く染め上げていく。
少女の近くに転がるモノ、それは虚ろな瞳をした少女の顔だった。
オールフリーオンライン 第642話『さらばメル、クラーレ覚醒の刻』
――紅蓮の炎が吹き荒れて、悲しみの雨を吹き晴らす!
……はい、特に意味のない次回予告です。
実際とは異なる可能性が濃厚ですので、あまり気にしないでください。





