偽善者と亜空間
???
何もない黒い空間が、開かれた裂け目の先には続いていた。
どこまでも続く、果てしない闇の世界。
少なくとも、最初はそう思っていた。
「……ん? ああ、中継地点か」
例えるなら、扉と扉の間にある廊下だ。
この空間は、そんなある場所とある場所を繋げるために存在する場所であり、本来生命体の住むような場所ではない。
ゲームで『NOW LOADING』の状態をずっと楽しみたいと思う者が少ないように、この場所はあくまで必要とされていない空間だ。
「出口はどこだ? 無理矢理開けたから、壊れて開かなかったのか?」
周囲を探ってみても、先程のような空間の裂け目は見当たらない。
さらに言えば、既に開いた裂け目も完全に塞がっていて、出ることもままならない。
『…………』
「仕方ないか、こんな場所があるって分かっただけでも満足だし。鍵は座標を取れないから創れないけど、こういう場所があるってことだけでも充分だな」
『…………』
「無理矢理開ければ帰れるかな? ……ま、やってみようか」
『…………ス』
「<次元魔法>──“次元転移”!」
『……ルス──』
魔法を発動すると、俺の視界は一瞬で切り替わる……魔法は成功したようだな。
結局俺は、このとき聞こえていたという声に気づくことは無かった。
再び俺がその声の主に出会う日は……そう遠くないかもしれない。
◆ □ ◆ □ ◆
始まりの町
「──なんて、モノローグを付けたら少しは面白くなるかもしれないな。うん、普通に気づいてたよ。気づいていたけどあえてスルーしたんだ。面倒事は今は結構だしな」
《あら、案外早いお帰りね。そっちの様子が見えなかったけど、何かあったの?》
「いや、それがさ──」
リッカに説明を行いながら、自身の中でも考えを深めていく。
声の主は、なぜ俺を呼んだのだろうか。
なぜ俺が来ると、分かってたのだろうか。
答えは出ないので今は放置だが、いつか会う必要がある気がする。
確信は無い、だけど勘がそう告げていた。
「──と、いうわけだ。特に危険があったわけでも出会いがあったわけでもない。本当に謎な空間が、一つあっただけだ」
《ふーん、それならいいわ。それより、早く戻ってきてくれない? グラがバクバク喰べて大変なのよ》
「あー、分かった。すぐ戻るわ」
まだ、おやつの時間なんだがな。
犬娘の【暴食】っぷりに苦笑しつつ、{夢現空間}を起動して帰還した。
◆ □ ◆ □ ◆
夢現空間 居間
「──ってわけなんだ。いちおう亜空間と命名するところまでは一日かけて決めたんだけど、それ以降のことは専門家に訊こうと思ってな。はい、早速どうぞ!」
「……いきなりすぎるのだ」
困ったときの邪神様、リオンを呼んで昨日の裂け目──(仮称)亜空間について訊いてみることにした。
なんやかんやと言いつつも、リオンは律儀に自分なりの考察を教えてくれる。
「そちの言う亜空間がどういった物かは理解したのだ。だが、心当たりはないのだ」
「……ない? これっぽちも?」
「少しも、一切合切ないのだ」
「いやいや、あんなわけの分からない偽装まで施してんだぞ? よくよく考えたら、極振りしてるプレイヤー以外入れないような場所だったぞ。なのに、それでも関係ないってのか? さすがにおかしいだろ」
今も第一陣と同じ設定ならば、チュートリアルで配られるBPは60。
種族値で必ず、それ以上の数値が加算されるのだからプレイヤーはほぼ不可能。
職業選択でさらに加算されるので、いるかもしれないマイナス補正がある種族や職業を選んだ者への救済措置かもしれない。
かと言って、自由民を招いてどうする。
わざわざ弱いステータス的に自由民を呼んで、育成ゲームでもするのか? ……あ、意外といいかも。
「待て待てなのだ。心当たりがないのも、あくまでわれだけのことなのだ。われ以外の運営神や、それ以外の神が関わっていれば話は別なのだ」
「なるほど。それで、リオンだったらその亜空間を、どういった場所に繋げる?」
「……運営側が、一部の者を優遇するわけにはいかないのだ。故に、そのような場所は創らないのだ」
「答えがつまらないな」
つまらないとはどういうことなのだ! と吠えるリオンを放っておいて、思考に耽る。
ちなみにだが──あれ? 俺って優遇されてるんじゃね? みたいなことを考えてはいけない。
というか、他人のことを一々考えていては死んでしまうのが現在の状況なので、できるだけ【傲慢】にやっていこうと思う。
ゆとっているのか{感情}のせいなのかはともかく、今の俺には(俺としては)守るべき者がいるのだから形振り構っていられない。
大切なことは……まあ、特に無いが、家族が幸せだと思える場所を、張り切って築いていこうと考えたよ。
「──とりあえずリオンは関わってないし、知らない……それでいいんだな?」
「……それでいいのだ」
「おいおい、そんなに拗ねないでくれよ。俺も悪かったって思っていると自分で考えている所存だからさ」
「……全然、思ってないのだ」
「うん、正かイブゥッ!」
「本当に、そちは、反省、しないのだっ!」
ボコッボコッと叩かれ、蹲るようなポーズで許しを乞うていく。
最後には許してもらえたが、かなり恥ずかしいことをさせられた。





