偽善者と赤色の紀行 その16
全能に溺れるのは善いことではない。
驕れる者がいずれ身を亡ぼすことは、地球において何度も繰り返されてきた史実だ。
異世界であろうと、その理からは逃れることができない。
そう考えたが故に、一つの考えを実行するようになった。
相手のルールに則った戦いを……。
悪く言えば舐めプなのだが、ある程度縛りプレイの方が柔軟の思考に至りやすいのだ。
◆ □ ◆ □ ◆
三人の男たちが連携を取って駆けてくる。
それぞれが短剣型の魔具を握り、三方向から囲むようにして突き進む。
後ろで震えるスタッフを殺されると困るので、スタッフを守るように背中でカバーしながら戦闘を行っていく。
神眼を複数解放し、短剣が振られる軌道を完全に把握する。
予想したラインをゆっくりとなぞってきた腕を、俺は右腕と右肘で挟むようにして──ボキッと折る。
苦痛で一瞬体が硬直した隙を突いて、殴り飛ばそうとした……のだが、即座に左手を気力で硬化させて短剣を防ごうとする。
「馬鹿めっ!」
鑑定眼と分析眼を発動し、魔具に関する情報を視てみる。
短剣に強力な毒が塗られていたことを即座に理解した。
幼龍であろうと数秒で死ぬ毒、それが触れたことに喜んでいるのだろう。
気力を籠手のように固めていたので、実際は俺への影響などいっさいない。
むしろ、ガキンッという音と共に、魔術的な強化が施された短剣が砕け散る。
後方の辺りで、魔力を練り上げる感覚を感じ取った。
妨害しようと動くのだが、三人共まだ諦めていないようだ。
「やれやれ。悪いが少し、眠っていてもらおうか」
気を練り上げて拳に纏う。
白い霧のようなものが、貫手のような形にした右手から漂い始めた。
「──“柔気功”」
子供のイメージする雲のように、ふわふわと漂うそれを纏った拳を振るい、男たちの攻撃を捌いていく。
少しずつ弱らせていく暇もないので、急にギアを上げて加速し、男の一人に近づく。
腹部に手を添えて気を流し込み、シャボンのような膜を作るようにして、男の体を包み込んだ。
最初は抗っていた男だが、少しずつ意識が朦朧となって体がふらついていく。
いつしか膝を地面に着け、そのままパタンと眠りこける。
その様子を見ていた残りの二人は、魔力による身体強化を全開で発動させて気に対する策を講じる。
要は、無理矢理侵入してくる気を追いだそうとしているのだ。
体の機能を高め、氣の源である自分自身の生命力をも強化してな。
「──“剛気功”」
だが、それはゆっくりと侵蝕していく柔気だからこそ防げる策なのだ。
最初に接触した右腕の折れた男が近づいて来るので、錬り上げた剛気を拳に纏って力強く殴りつける。
「……ガフッ」
体の中に入り込んだ気は、外を包み込むのではなく中で暴れ回るように動いていく。
五臓六腑をズタズタに破壊し、抗うことのできない苦しみにそのまま気絶する。
「──“超気功”」
右手と左手に柔と剛の気功をそれぞれ練り上げ、パンッと手を合わせて一つに纏める。
残った一人をそれで倒そうとしたのだが、そこでちょっかいが入る──
『……■■■■■──“静寂暗夜”』
瞬間、辺りに静寂が訪れる。
見渡す限り闇に包まれ、先程まで居たはずの男も見失ってしまう。
それでも落ち着いて、超気を周囲に円を描くように引き延ばしていく。
あの男は……いた! 魔法を使った奴らの方に合流していたか。
時間稼ぎは成功し、複数の者で行う儀式的な魔法は発動した。
五感すべてを感じられなくなり、魔力を少しずつ吸い上げられていくのがこの魔法の効果らしい(現在解析中)。
魔法を維持する者だけを残し、集団で無防備な敵を殺す──これがこの後に行われる、俺を倒す彼らの戦略だ。
後ろでは、結界に包まれたスタッフが何か言っている。
読唇してみると……『暗い、怖い、た、助けて』かな?
助けているからこうなっているんだ、もう少しぐらい待っていてほしい。
超氣による探知に動きがあった、先ほどの作戦通りに彼らが動いてくるのだ。
無駄な自分ルールで無詠唱が行えない今、スキルや魔法を新たに使うことはできない。
二つを同時に操るが故に、今の凡人スペックの思考はかなり圧迫されている。
おまけにスタッフも守っているからな。
これ以上手を足すことは、お薦めされていないような気がする。
「“超気功──爆雷”」
地面に手を押し当て、超気を流し込む。
周りに同化するような柔らかな柔気と、全てを押し通すような剛い剛気。
二つの性質を持つ超気は、相反する力を統括した性質を有していた。
それを利用した『爆雷』は、気を地面に同化させておいて、条件を満たした瞬間一気に気を暴発させる。
俺を襲おうとした集団も、留まって魔法を維持しようとしていた者も、その条件の一つに引っ掛かり……足元から炸裂した氣の奔流に呑み込まれていった。
「ふぅ……。闇が晴れたな」
魔法を維持する者がいなくなり、再び視界が良好になる。
後ろのスタッフも無事であり、この戦闘で死者は一人も出なかった。
「ミッションコンプリート。死人が出るとそれをネタに使われそうだったからな。さて、そろそろ合流しないと……その前に、体調を治さないと」
思考を酷使したせいか、頭の中でガンガンと鐘が鳴り響いているかのような痛みが感じられる。
それをしばらく休養して癒した後、俺とスタッフは奴隷たちの居る場所に戻った。





