偽善者と赤色の紀行 その14
男が男の首に巻かれたモノに触れ、熱いモノを注ぐシーンなど誰も望まないだろう。
俺の心からの親切心を籠め、そこはカッツアイとさせていただいた。
スキルをいくつかコピーし、俺も内心ホクホク顔で作業を行っている。
現在進行形で女性が苦しむ顔を浮かべているのに、そうした顔をするのは不謹慎なんだろうが……ま、仮面を付けてるんだからバレやしないだろう。
契約は今やっているのが一番最後で、締めに落札した『姫将軍』が目の前には居る。
遠目で視ていたのであまり気にしてはいなかったが、近くで見ると気品というものを強く感じる人物であった。
奴隷に身を窶されそうと、目に籠められた熱い力強さは健在だ。
うんうん、ネバーギブアップ精神って大切だよな。
「……ふむ、少し疲れたな。せっかくだ、自然な回復を待つ間、私とここに居る奴隷たちで話し合いをさせてはくれないだろうか。もちろん、部外者は居ない状態で」
「ポーションもありますが」
「少し前に飲み過ぎてな。控えるように知り合いに言われてしまっているのだ」
「…………分かりました」
見るからに嘘と分かる俺の発言に、スタッフは黙って従い部屋から出ていく。
主人が俺に書き換わった今、奴隷たちが俺に刃向かうことはできないしな。
「さて、君たちを落札させていただいた者なのですが……何か私に訊きたいことはありますか? 物事を円滑に進めるためには、まず自己紹介をするべきだと考えていますので」
「お前は……いったい、何者なんだ」
質問会を始めると、さっそく目の前の少女から質問が入る。
機嫌を損ねれば、最悪死だというのに。
率先して動き、周りの者へ影響が及ばないようにしているようだ。
「何者、と言われましても……。私は貴方がたのご主人様、になる者です」
「はぐらかさないでほしい。貴公に真の意味で奴隷を使役しようとするならば、まず私の発言を聞いて命令を追加するはずだ。『お前と呼ぶのを止めろ』などとな」
「様付けで崇められるのは、すでに経験済みなので……私はあくまで偽善者、貴方がたに望まぬ善を押し付ける者ですよ」
なるほど、奴隷プレイも最初は自分を様付けさせることから始めるのか。
ちょっとした主従プレイなど、昔シャインで試したぐらいだからよく分からなかった。
『姫将軍』の発言がちょうどいいタイミングだったので、ついでに俺が偽善者だということを説明する。
自分がなんとなくこの場に来たこと、余ったお金でオークションに参加したこと、俺が求めた人材が自分たちであること……など。
「──貴方たちには理解できないと思いますが、すでに目的は達しています。なので、本来なら貴方たちを解放しても構わない……そう思っていたのですよ」
「いた? つまり、今は違うと」
「どうやら、厄介な買い物をしてしまったようで……全員を逃すことができなくなりました。全員纏めて奴隷として、しばらくの間は隠れて生きてもらいます」
面倒事というものは、社会に出て行動をすると大体起きるものだ。
どのような行動であれ、他者と関われば何かしらの影響を及ぼしてしまうものである。
俺が有り金を叩いてオークションの品を買いまくった影響が、既に出ていた。
「例えば──このような感じで」
スキルは一部解放しているので、気づいていた者もいるようだ。
部屋の隅の方にできていた影から、数人の男たちが現れる。
正体を分からないよう、認識阻害の効果付きの外套を纏って武器を構えた状態で、だ。
「いやいや、いらっしゃいませ。すでに契約は済ませていますし、ここの運営はサービスが行き届いているので、スクロールはまた書き直さないと使えませんよ?」
「……奪えば済む話だ」
くぐもった声で、ボソリと答えが来る。
「私を殺せば、奴隷も死にますよ? なのに抗わないとでも思っているので?」
「気絶ならば、奴隷は死なない」
主と奴隷は一蓮托生だ。
俺の【一蓮托生】とは異なり、文字通りの意味である。
主が死ねば物理的かつファンタジー的に首輪の機能が作動して、奴隷の命を奪う。
死なば諸共。罪無き奴隷もまた、その命を落とすことになる。
──死ねば、の話だけどな。
「■◆■▲■●■◆…………“影縛”。いつまでも話しているのですから、こうした準備くらいしていますよ」
「チッ……!」
高速で(適当な)詠唱を始めた時点で、回避行動を取った者は三名。
それ以外の者は、蠢いた影から生まれた鎖によって雁字搦めに拘束される。
え、どうして詠唱したかって?
特に理由は無いけど、こういう場だと唱えた方が相手に意図を読ませやすいだろ。
縛られた者の中でも魂の色が恐怖に染まっている者の元へ向かい、耳元で小さな声で語りかける。
「依頼人は誰ですか? 皆様の依頼人に少しご挨拶を、と考えているのですが」
「…………」
「えっと、お耳を拝借。……犯人は────ですか?」
「…………っ」
下手人を尋ねると、訊かれた者は一瞬反応してしまう。
分かった理由は単純で、依頼をしている場面を確認していたからである。
「今、この場は見逃すこともできますが、一度依頼主に普通の手では勝てないことを報告してきますか? それとも……このまま奴隷たちに見守られて死にますか?」
「……ほ、報告を」
「愚かな行動をしないことを、心から祈っていますよ」
指パッチンで音を鳴らし、影の鎖を元の場所に戻す。
拘束されていた男たちは、再び自由の身となった。
その隙を突いて俺に向かおうとする者もいたのだが、一番強そうな奴がソイツを制止させて引き下がらせていく。
「……今殺らなければ、俺たちが……」
「戦力差を認識しろ、あの男はそう言っているが、後ろの者たちが……」
「……わ、分かり、ました……」
『姫将軍』を始め一部の奴隷が、命じてもいないのに臨戦態勢を取っていたのだ。
相手は有名な強者たち、そう易々と勝つことは難しいだろう。
熱い説得を受けたその男も共々、彼らは再び影の中に消えていった。
「……おや? 私が彼らによって気絶でもさせられれば、貴方がたは自由の身になっていたのですよ?」
「まだ会話の途中だ、すべてを聞いてからでも遅くはないだろう」
「そうですか……では、ご期待にお応えできるように努力しましょうか」
歪な信頼ではあるが、まあ別に構わない。
男たちが完全に撤退したことを確認してから、ゆっくりと口を開く。





