偽善者と赤色の紀行 その04
少年は偽善者の言葉を聞いてから、ひたすら戦い続けた。
弱い魔物から体を慣らしていき、少しずつ装備に合う『格』を手に入れていく。
「……メルスさん、何かしましたよね?」
「当然だ。その装備には、お前本来の力を引き出す能力がある。俺がやったのは、将来努力した先に手に入る力を、借りてくることだけだ」
「つまりこの力が、頑張ればボクでも……」
この話、真実と嘘が織り交ぜられていた。
少年に才能はある。
覇を成す器……とは言えないものの、将来は武で成り上がれる程に大きい器が少年には眠っていた。
だが、偽善者がそれを引き出したわけではなかった。
偽善者が行ったのは、あくまで少年が器を自覚するための時間稼ぎだけである。
付与された能力は全てが回復系、人の域を超えた継戦能力を与えるものだ。
少年は戦いの中で、無意識の内に器を目覚めさせていった。
最初の内は何度も傷を負っていたが、時が経つにつれ……少年は捌く技術を会得する。
弾かれた斬撃も少しずつ刺さり、最小限の動きで魔物に勝利していくようになった。
偽善者は『眼』の力によって、少年の器を見抜いていた。
自分が手を貸さずとも、ある程度の環境さえ揃えば目的が達せることも。
故に手を出したのだ……できると分かっていることに、必要のない協力を打診した。
そして今、少年は花開こうとしていた──
◆ □ ◆ □ ◆
(これ、想像以上だな。器の細工を行っただけで、人ってここまで変われるんだ)
目の前に光景を見て、俺はそう思う。
少年は山頂の辺りにある広い場所で、ある魔物と対峙していた。
体の所々から黒い炎を迸らせる大蜥蜴──少年は、自称邪神の眷属を相手に戦おうとしていたのだ。
そんな強敵と戦おうというのに、少年は怯えること無く勇敢に戦闘態勢に入った。
傷一つ見当たらない鎧と輝くをいっさい曇らせない剣を持つその姿は、強い意志に燃える瞳と相まって、見る人が見れば英雄とも呼べる姿になっているだろう。
『ふっふっふ……邪神様はすでに。忌まわしき楔から解き放たれておる! これから先、この世界を統べるのは邪神様だ! お前たちのような下等種族など、我らの住まう楽園に必要ないわ! 貴様は邪神様復活の回復のために捧げられる生贄となるのだ、光栄に思うが良いぞ、下等種!』
「例え邪神が相手だろうと、勇者様たちならきっと倒せる。そんなことはどうでもいい。貴方がボクの目的を邪魔するなら、ボクが勇者様の代わりに貴方を倒す!」
『ふはははは! 倒せるものか。邪神様より力を授かったこの我を、凡百の才しか持たない貴様に倒せる筈が無かろう!』
『果たしてそうかな? 今のボクは、例え誰が相手だろうと勝ってみせる』
『……どうやら、それが言葉だけのものでも態度だけのものでもないようだな。だが、これ以上言葉を交わすのは無駄であろうな。これから先は──』
『『──力で示すのみ!!』』
なぜだろうか、せっかくどこからか現れた謎の旅人っていういかにもキーキャラっぽい役割に就いていたはずなのに、いつの間にかただ見ているだけの解説ポジになっているこの現状は。
邪神ってのはカグの転生前の神様のことなのだが、アイツが故意で炎をばら撒き魔物に力を与えたということはない。
故に、魔物が言っているのは勘違いだ。
この状況になるまでの舞台裏を知っているというのも、少し冷めるもんだな。
「こういう暇な時は眷属に……って、今は駄目だったな。まあいちおう、確実に平気だと分かる奴もいるけど……」
[眷軍強化]による共有機能。
これは俺の方から指定するか、眷属の意志によってON/OFFが選択可能だ。
なので情操教育的にOUTだと俺が判断した者や、そもそも俺の感情など知りたくないという者へは、情事に関する感情は伝わっていない。
「しかし……こっちに来てから、何かやることがあったと思ってたんだけどな。何をしなきゃならなかったんだっけ……」
{夢現記憶}で、本当に必要なら思いだせるだろうけど……そうする気がしない。
そこまで重要な案件でもないのか?
「おっ、頑張ってる頑張ってる」
いつの間にか、少年の戦いはクライマックスになっていた。
鮮やかな動きで翻弄し、鮮明に軌跡を描いた斬撃で魔物を斬り裂いていく。
気づけば魔物もボロボロの状態だ。
『……な、なぜだ。わ、我は、邪神様からお力を授かった崇高にして至高の存在。それが貴様のような下等種族に!』
「たしかに、たしかにお前は強かった。だけど、貴方には絶対的に足りない物がある」
『足りない物だと!?』
「──成し遂げるための意志、それに対する誓い。貴方の野望は奪いたい、壊したいという思いしかありません。ボクもまた、最初は友人を救いたい……ただそれだけのためにしか動けなかったんですけどね。ですがあの人に会って、ボクも少し変われたんだと思います。少しだけ、少しだけだけどあの人の考え方が分かったんです。今は聞いているでしょうし、内緒ですけどね」
『ふざけるな! そんなもので我が負けるなどありえない! 世界は力で支配されるべきなのだ! 故に邪神様の力を持つ我には、力ですべてを捻じ伏せる義務があるのだ!』
……ジャイアニズムみたいなことを言っているな。
体から放っていた炎が最大限に燃え始め、これが最後の一撃になることが予想できる。
『死ね! そして礎となるがいい!!』
「ボクは負けない! 友人と──ナーラと共に生き続けるために!!」
大蜥蜴の捨身タックルと少年の剣撃が、辺りを揺らす程の衝撃と共にぶつかり合い──決着がつく。





