02-26 過去の王都 その10
「なるほど……転移魔法か」
「正確には空間魔法だが……驚かないのか」
「いや、驚いておるぞ。使い手は稀有で、なかなか見つからぬからのぅ」
王都を彷徨う間に、座標に関しては掴んであった。
目の前にそびえ立つ王城、改築がされていないのか少しばかり古びた印象を残す。
──十年、その歳月がいったいこの国をどう変えたのだろうか。
「本格的な準備が必要かのぅ」
「……何か言ったか?」
「いや、なんでもない。それよりも、早く中へ向かおうではないか」
読唇術は嗜んでいないので、呟いた内容を聞き取ることはできなかった。
……だがなぜだろう、俺の第六感でも反応したのか不思議と鳥肌が立つ。
まだ分からないが、何か起きる時のために準備した方がよさそうだ。
閑話休題
今の事態を説明しよう──入れなかった。
突然門の前に現れた不審者二人組、それをどうしてあっさり中に入れようか。
そんな説明を受けたのち、互いに顔を合わせて笑った。
……魔道具、外すの忘れてたよ。
予め怪しまれるアイテムは“空間収納”に入れている俺なので、荷物検査などバッチリスルーに成功。
そしてしばらくして、ジークさんがニヤリとしてから──魔道具を外す。
「ふむ、ではこの顔であれば通ることができるかのぅ?」
「──こ、国王様! またですか!?」
「……なんのことやら。それよりも、職務を全うしていること大いに結構。これからも、この城を守ってくれ」
『ハッ!』
なんだかいい話に纏め、ササッと門を潜ることに成功する。
やはりこの後もスマイル、いくつになっても悪戯が成功すれば楽しくなるものだ。
その後は魔道具を外していたため問題もなく、無事王城へ入ることになる。
そして豪華絢爛……とは言わずとも、高級感のある城の中でジークさんはこう言った。
「さて、これから儂はサボ……ゲフン。やるべき執務をこなすことにした。そのため、代わりに案内をする者を用意した。以降のことはすべて、ソヤツに任せるがよい」
気配探知に反応はしていた、というか……『ふぇー』という声が耳に入っていた。
「──ひゃ、ひゃいっ! わわ、わたしそ、その名前は、あ、あのあああ、あん……あわわわっ!」
「……えっと、ゆっくりでいいですよ。落ち着いて深呼吸をしましょう」
「わ、分かりました!」
吸ってー、吐いてー。
膨らんでー、萎んでー。
何が、とは言わないが空気が入ったり入らなかったり……うん、絶景だ。
そんな視線にも気づかず集中していたその少女は、胸に手を当てて落ち着いた。
「わ、わたしは『アンネ』です! これから貴方がこのお城に居る間、専属侍従として努めさせていただきます!」
「──と、いうわけじゃ。では、儂はやることがあるのでのぅ……若い者同士、気楽にやるがよい」
そう言って、ジークさんは去っていく。
残された俺たち……まあ、俺が何かしないのか見張っている人はいるがそこはノーカンにしておこう。
「こ、これからお願いします!」
「はい、お願いします。私はメルス、流されてSランク冒険者となってしまいました一般人です。なのでそう固くならず、気楽に接していただければ幸いです……短い間ですが、改めてお願いしますよ、アンネさん」
「は、ひゃいっ!」
また戻ったな。
そしてペコリとお辞儀をしたのだが、すると再びあわあわとしだす。
「は、はわぁ。わ、わたしにお辞儀などしなくてもいいのですよ! メルス様は国王様に直接招かれたお客人、そ、そんなことをさせては怒られてしまいます」
「私の国では、相手がどのような身分であっても感謝を形で示す必要がありまして……たとえ立場がどうあろうと、私の行動で困る者がいないのであれば貫きたいのです。どうかこのような形で感謝を述べることを、お許しいただきたいですね」
「はわわぁ。か、畏まりました! わ、わたしも頑張ります!」
あたふたと手を動かしてから、ピシッと姿勢を構えてお辞儀するアンネさん。
完全に悪いのはこちらだが、それでもこのタイミングで素になるのは止めておこう。
彼女が偽善者を求める可能性はかなり低いだろう、だがゼロではない。
そうなるのであれば、素とのギャップに気づき笑われてしまう……うん、これは致命的なことだ。
「で、では! まずは荷物を……あれ?」
「魔ほ……魔道具がありますので、ご心配は無用ですよ。それよりも一つ、お願いしたいことがありまして」
「お、お願いですか?」
「ええ、この城を案内してほしいのです。もちろん、アンネさんが案内できる範囲内で構いませんので」
十年後……つまり現代の王城に入れない偽善者は、正直王城に憧れていた。
だからこそ『天空フィールド』に城を築き上げたわけで……一種のロマンである。
「ほ、本当に、わたしの案内できる範囲だけですよ? あまり多くありませんよ?」
「本当に行きたい場所があれば、あとで国王様に頼んでみましょう。今は、アンネさんのお薦めを教えてください」
「わ、分かりました! このアンネ、全身全霊でメルス様をご案内します!」
「ありがとうございます。それと、私のことは様付けしなくても構いません……いえ、してはいけません」
◆ □ ◆ □ ◆
それからは、『アンネ』と『メルスさん』で呼び合うようになった。
……俺もさん付けを維持しようと思ったのだが、物凄く小動物みたいな瞳でウルウルとされてしまったので諦めたよ。
もちろん、色んな場所を案内をされたわけで……彼女のような仕える職に就くからこそ分かるささいな光景は、凡人たる俺にとってとても好ましく思えた。
廊下から見える練習風景、中庭に生えた何かの触媒用の花々……お偉い方が目的を持って行わせたことであろうと、また別の角度から見れば違ったように感じられる。
アンネはそれを、俺に楽しいと思える説明で教えてくれた。
身振り手振りもあるが、何より彼女自身がそれを本当に楽しそうに説明するのだ。
いつも心に鎖を施し、顔に仮面を被っているような偽善者にはクリティカルな攻撃を連発していたが……それでも俺として、それらは純粋に楽しいと思える王城探検だった。
「──さて、これからどうするかな?」
俺の部屋、ということで案内された高級ホテルのような場所。
すべてが最高品質の『天空の城』には及ばないが、アンネのような侍従の皆様が丁寧に整えてくれている……そんなバックヤードを思えば充分に満足できる部屋である。
「気になる場所はあるけど、それはやるべきことをやってから……つまりは儀式とやらを済ませてからだ。なら、何を今すべきなのかだよな」
しいて言うなら、スキルの追加か?
どうせ演技系のスキルは手に入らないので諦めるが、このイベントの最後には必ず厄介事が起きる──これは確定事項だ。
「まあ、儀式が始まる前にやっておくか……とりあえず今は、できることを少しずつこなしていくか」
そして俺の、王城ライフが始まった。





