偽善者と偽者 後篇
夢現空間
「……はい、そんなこんなでただいまー」
「適当ですね──お帰りなさいませ」
迎えてくれたアンに挨拶をして、バタンと体を地に伏せる。
「いやー、疲れた疲れた。今日は先に風呂でも浸かってくるから、先に食べたい奴は食べていてくれ」
「了解しました。そう伝えておきます。──ところで、三助は必要ですか?」
「……いらん」
説明しよう、三助とはお風呂内での補助をする者のことである。
始めの頃は、純粋に体を洗ったり垢すりをする『流し』という行為だった、はずなのだが……時が経つにつれてそれは、性的なサービスへと変質してしまったのだ。
うん、当然時の為政者によって禁止されたぞ。それではただのソーフ°じゃないか。
「……そうですか。それは残念です」
「というかもう、一回やっただろう? あれで満足してくれよ」
「メルとしてでは無いですか。わたしたちはまだ、メルス様には何もしていません」
「ああ、うん。そうしているんだからそうなるよな」
あれはもう、平常心が保てなければかなりヤバかったかもしれない。
毎度毎度のそのアクションに反応していない息子も息子だと思うが、その気にしようとしてくる眷属たちも眷属たちだ。
俺が【色欲】になってくれればデキると言う者もいるのだが、そういうことをヤる気が無いからな……まだ。
「メルス様、あの方は結局?」
「アイツは行ったよ。そう、世界の全てを識るためにな」
「鍵ですか? 篝火ですか?」
「……いやいや、救済とかじゃないから。普通に旅に出たんだよ」
□ ◆ □ ◆ □
『真の……いや、メルス。ワタシは旅をしてみたいと思う』
『へえー、理由は?』
『ワタシに蓄積された情報は、メルスに関する物と運営神様方に関する物だけだ。何をしようとするにも足りないことが多すぎる。だからこそ、それを見つけ出すのだ』
そう言った顔は、俺には無い輝きを瞳に宿している気がした。
だからだろうか、俺としても妙にしっくりときた。
『……面白いな、是非応援しよう。じゃあ、とりあえず支度をしようか』
『いきなりだな』
『この空間に長く居ると、耐性が無い奴はヤバいことになるんだよ。ささっ、早く準備を整えようか』
『そうか、では頼む』
□ ◆ □ ◆ □
「ま、こんな感じで……ってどうした、そんな顔をして」
回想を終えると、アンが物凄く驚いたような反応を見せていた。
なぜだろうか、絶対にありえないものを見たとでも言いたげな表情だ。
「いえ、てっきりメルス様のことですし……また、眷属にしたのかと思いまして」
「おいおい、俺を誰彼構わず眷属にするようなすけこましとでも思っているのか?」
「ええ、女を騙すという点に限っては」
「…………ともかく、盛大な決意宣言を聞いたのに、そんな野暮なことできるか。眷属になったら、図書館でほぼ全てのことが識れるじゃないか。まだ知らない所に向かい、現地でそれを学んでいく──まさにロマンだ!」
俺の趣味の一つは散策だからな。
きっとアイツも、そうして旅をすると決めたのだろう。
世界の果てまで旅をして、その先で見つけたものを……ぜひ訊いてみたいものだ。
「ロマンかどうかはさておき、偽者は名前も無いままに旅をするのですか? 道行く先々で尋ねられるでしょうに。メルス様の名を騙るならば、こちらもこちらで考えが──」
「名前は俺が仮として付けたから大丈夫だろう。本人も仮なら構わないと言っていたし」
さすがに『模倣者』という二つ名だけで、活動するのは難しい。
だが、俺のコピーに名を付ける才能など無いわけで……。
「その名前とは?」
「秘密だ。その名はいずれアイツが要らなくなった時に捨てるんだし、一々気にする必要もないさ。お前達はアイツに会った時、新たに持った名だけ知ればいいんだよ」
「……そうですか、少し残念です」
少し捻って出した名だが、旅をする内により素晴らしい名と出会うことになるだろう。
──偽物が見つけた真実の名、的な?
◆ □ ◆ □ ◆
「それで、大会の方はどうなった? 突然消えたんだから何か言われただろう?」
「そちらに関してはお咎めなしです。メルス様が前回もそうしていますので、優勝者が突然消えるのは当たり前、みたいな形で納めていました」
「ああ……アレもそうだったな。コピーしたスキルを試したくてウズウズしてたんだよ」
魂魄の定着は早くやった方が良いと思って抜けだして来たが、特に問題はなかったみたいだな。
前回もそうだが、今回も許されたや。
観客もいろいろと毒され始めたようだな。
「……あ、賞品。今回の大会の賞品を聞くの忘れてたな。あくまでエキシビションマッチが目的で参加してたし……。アン、結局何が貰えるんだ?」
「そうですね……たしか、職業【闘王】に就く権利──」
「うん、就いてたな」
生憎解雇になったけど。
「職業・スキル枠の追加──」
「職業は就けないし、スキルはもう枠とか無いよな」
職業はクビになった理由と同じ。
スキルは……眷属の仕業だ。
「幻の蘇生薬──」
「いや、創れるな」
(生産神の加護)持ちを舐めるな。
すでに複数生成して、国に回してある。
「あとは……イベント開催権でしょうか?」
「それはもう……ん、イベント開催権?」
「はい。最近のイベントではそうした物が、優秀な成績を出した者に贈られるそうです。いわゆるオリジナルのイベントを、運営と協力して創ることができる──という権利でございます」
「ええっ……まさか、運営神と?」
「いえ、GMたちと、ですね」
つまり、レイたちと考えるってことか。
……ふむ、面白くなるかもしれないな。
「……そこら辺についても、まあ風呂の中でじっくりと考えてみるか」
「三助はいかかでしょうか?」
「だから要らないって!」
ピンチなの、俺の理性はいつ崩壊するか分からないの!!
このあと三助が入ってきたが、当然即座に追い返した。





