偽善者と偽者 前篇
???
「……ここなら、誰の目も無いか」
何もない殺風景な景色が、地平線の彼方まで続いている。
例えるなら……そうだ、虚元の世界とでもしよう。
<虚空魔法>と<次元魔法>が主となって生み出されたからなのか、赤色の世界みたいな異世界が誕生してしまった……眷属にこれ以上するなと怒られたよ。
そんな場所なので誰かが居るということもなく、密会をするにはちょうど良いのだ。
……監視の目も強制的に遮断されるしな。
「まずは、人形を出してっと」
どこからか、『機巧乙女』が出現する。
「次に、偽魂にアレを注ぐ」
透明な宝珠にある物を注入していく。
すると宝珠が色付き、赤色の光を──
「いよいしょっ!!」
放とうとしたのだが、ちょいと細工を加えて色を白色に塗り潰す。
あの神の色になんて光らせねぇよ、どうせなら邪神色に染めようとも思ったが……さすがにそれも、ちょっとな。
「後は詰め込んでーっと」
そうしてできた純白の宝珠を、丁寧に運んで人形に吸い込ませる。
毎度お馴染みのギュインッとかいう効果音と共に、宝珠はこの場から消え失せ人形の中で胎動を始める。
「……さらに今回は特別に、俺の生命力を有りっ丈持っていけ!」
魔力でも神氣でも構わなかったのだが、俺の気分と勘がこっちの方が告げているので生命力を注ぎ込んでみた。
……ンッ ……ンッ
鼓動のような音が微かに鳴り始め、確かにそれに意味があることを示す。
……クンッ ……クンッ
少しずつ、少しずつ音は大きくなる。
同時に人形の核となる部分が仄かな光を放ち始め、何も存在しない無の世界に光を齎していく。
ドクンッ ドクンッ
音と共に光の明暗が変動していく。
遂には純白の輝きが空間を支配し、並みの者では視界を潰される程に輝いていた。
ドク……ピシッ
音が止み、亀裂が人形に入り始める。
いつものことながら、何が起こるか分からない。
細心の注意を払い、そのときを待つ。
ピシピシッ
亀裂が完全に裂けると、中から一人の少女が現れる。
慣れた手付きで慌てることなく、予め用意した服(中性的)を渡す。
呆然とした表情をした白髪の少女に、俺はサラッと告げる。
「先に言っておく。その姿は別に、俺に女装癖があるとかじゃない。そういう道具を使ってお前を蘇らせたから、そうなっただけだ」
「…………どういうことだ。あのとき、ワタシはたしかに消滅を」
「うーん、まあいろいろとあったんだが……全部知りたいか?」
「ぜひ、すべて」
そんなこんなで、解説のお時間だ。
あの闘いの最中、コイツは運営神に俺の情報を送っていた。
それこそが、最初で最後の使命なんだし。
──こっそり遮断してました。
いや、遮断するだけなら結界を張るだけだから簡単だったけど、問題はそれをバレないようにする方でさ。
送信方法とそれと対となる魔力波を、結界から生みだすのが大変で大変で。
全然闘いに集中できなくて、武器もコロコロ入れ替えちゃったよ。
「ここまでが第一段階。運営神の一人に情報はちゃんと行っているから、失敗はしていないぞ」
「…………」
「お前は自分の成すべきことをしようとしていた……そこだけは理解しておいてくれ」
「…………ああ」
何やら悩むような顔をしているが、今は全てを語る方が優先だな。
さあ、続きを説明しよう。
そうして闘い続けていたわけだが、最初の会話の時点でお前がこうなることはある程度決まっていた。
俺は自分自身を大切にしろって言われているからな、当然自分のコピーも大切にしないと。
結界を何重にも展開して、俺の望む未来を作るために全力を尽くした。
──魂魄の残滓すら逃さない結界。
最終的にこんな感じの結界が生み出すことで、燃やされた魂魄をどうにか集めたのだ。
それを眷属に頼み込み、完全な形で再生してもらった。
原型は話を聞いてから即座に視ておいたので、その設計図通りに戻すだけである。
ただ、狂神が残滓も残らない程に燃やした部分はどうにもならなかったので、そこら辺は自前の物で埋めさせてもらったよ。
「──これが第二段階だな。というか、これで俺の説明は全部だ。その魂魄を擬似魂魄で包んでから、人形に受肉させてこうした状態になるんだ……理解できたか?」
「……女になる理由は分からないが……真の『模倣者』が女好きだという情報が記録されている。納得しよう」
「誰が記録したか言え、すぐに神髄を引き剥がしてくるから」
誰だ! そんな出任せを言ったのは!?
俺はハーレムを望んでいるけど、女好きでは無い! ただ、家族が欲しかったんだよ!
……いや、男は要らないだろ?
「まあ、それは後に置いておくとして。お前は使命を達成した。無事、運営神へと情報を送ったんだ。……それで、次はどうする?」
「次…………ワタシに、次の指令が与えられることはない」
「そうだよな、だけど俺が指令をするわけにもいかないし。──だからさ、自分で探してみようぜ」
そう提案すると、若干虚ろになりかけていた瞳に輝きが薄らと光る。
「自分で……指令をか?」
「指令というより当為だな。自分が心からやりたいと思うこと、それを見つけてくれると俺も助かる」
「真の『模倣者』が、か?」
「……ああ、俺のことはメルスでいいから。俺は、自分のやることを偽善とした。大衆に嫌われようと、困った人を救う悪役。英雄は大衆を救うんだし、モブが悪としてそうしたことをしても構わないだろう」
それ以上のことを望むことはできないし、望もうとも思えない。
己の身の丈に合った夢、もともと考えていたものはそれだったのだから。
「…………」
「だけど、俺を識っているお前なら、俺とは違う俺の可能性を魅せてくれると思ってさ。それが俺を殺すかも知れないし、俺の偽善を妨げることかも知れない。でもさ、それをやるのも俺から生まれた俺なんだし、別にかまないと思うさ。──さあ、お前は一体何をしてみたい?」
その問いに、『模倣者』は……答える。
「真の……いや、メルス。ワタシは──!」





