偽善者と一回戦 直前
そして数日が経過し、いよいよ全ての本選参加選手が結集した。
コロシアム内の席はすべて埋まっており、外で使われている映像の魔道具で必死に観戦しようとする者もいるぐらいの大盛況ぶり。
当然、そこに金の匂いを嗅ぎつけた商人も混ざっており、この大会はまさにお祭り騒ぎと化していた。
≪勝負あり! 勝者、『貴公子』選手!!≫
一勝負が終わり、客席からは闘った者たちへの称賛の声が響き渡る。
俺もまた、その声を耳にして少し頬を強張らせた。
「──ここからが、勝負時だな」
今の闘いで、一人の勝者がトーナメントを一つ勝ち上がったのだ。
それはつまり、別の者たちによって闘いが始まるということになる。
圧倒的に経験が足りていない俺は、こうした情報の一つ一つに耳を傾けていかなければならない。
──それでも、やると決めたんだ。
覚悟を決めた俺の前には、背中に大剣を背負ったスキンヘッドな男が現れる。
ただ者では無い風格を放ち、少し体を震わせてしまう。
これは……緊張、なのだろうか。
現実では何度も感じたこの感覚、圧倒的な力の前に本能がそうさせていた。
だが男を見て、覚悟も決まった。
人生何事も、やらなければならないことがあるのだ。
俺にとってはそれが今、向かい合ったこの男に屈してはならない。
そう決意して、俺は大きく息を吸って声を出す──
「へいらっしゃい、うちのカツサンドを食っていくかい?」
「おう! 一つくれ!」
あいよっ、と答えて早速準備を行う。
時間を停止させて揚げていた肉を取り出して、味付けした野菜と共にパンの上に乗せていった。
「ちょっと時間がかかるからよ、この味見用のソースを確かめてくれ。味が合わねぇってことなら、別のにするからよ」
「……ああ、分かっている」
数滴ソースを垂らした小皿を男に渡し、味見をさせておく。
大衆受けするような味だとは思うが念のため、駄目ならもう一つのソースを使う。
幸い、男には最初のソースで良かったらしく恍惚の表情を浮かべている……女だったら良かったんだけどな。
それを確認してから、パンにソースを適当な量分、塗りたくっていく。
美味しいと言っても、多過ぎたら体に毒だしな。
バターみたいに、ささっと塗るのが丁度良いんだよ。
そうしてできたカツサンドを一度圧縮し、スキルで時間を加速させる。
「あとはこうして──へい、お上がりよ。ゴミはそっちの方で頼むぞ」
「これはお代だ! ……よし、ようやく手に入ったぞ!」
そうしてしっかりとソースの味が肉やパンへと浸み込んだカツサンドの出来上がりだ。
すぐにカットして渡したのだが、男は強めに勘定台に金を叩いてこの場を去っていく。
……やれやれ、せっかちなヤツだ。
《そろそろツッコミ時ですかね?》
「(いやいや、客もまだいるしもう少し説明は後にしておこう)」
屋台の上の方に注意書きとして書いておいたのだが、俺のカツサンド屋は店主の気紛れで販売を行っている。
何度か焦った客が眷属に叩きのめされる様子を見たからか、男の後ろに並んでいた者たちは、皆が皆暴れることも無く綺麗に列を成していた。
男がいなくなったことで、後ろに並んでいた子供に順番が回ってくる。
小さな手の中にはお金が握り締められており、表情から見てもとても楽しみに待っていてくれていたことがよく分かる。
「へいらっしゃい、カツサンドで合っているかい?」
「うんっ!」
さて、まだまだ頑張らないとな。
再び同じ手順を行い、カツサンドを一つ作り上げていく。
◆ □ ◆ □ ◆
答え合わせといこうか。
なぜ俺が大会に参加せず、カツサンドをコロシアムの外で売っているのか……それは、少し時間を遡ってみると分かることだ。
「……へ? 自分たちが出る?」
「ごしゅじんさまはもう出たんだし、次はぼくたちにやらせてよー」
「いやでもな。いちおう俺にも自分の擬きを倒すという目的があってだな」
「それでしたら、最後だけ行えばよろしいのでは? その前の試合だけでも、どうか僕たちにやらせていただけないでしょうか」
「たしかに、そうなんだけどさ。……ほら、やけに怪しい男もいただろ? それに結晶を渡したプレイヤーの眷属も。そういうのってやっぱり、俺が相手をした方が──」
「メルス……、駄目?」
「あ、えっと……もう、好きにしてくれ」
俺のその言葉に、参加したいと申請してきた眷属たちは大盛り上がりだ。
いや、押しに弱いわけじゃないんだぞ。
──ただ、みんなの可愛さに理性が破壊されただけだ。
「ただし、可能な限り保険は掛けさせてもらうからな。闘いたい奴は必ず、【一蓮托生】でリンクしてから闘うように」
これだけは、絶対に守ってもらわないといけないしな。
本当に危険になったら俺がそっちに干渉できるし、何より面倒……コホンッ、みんながやりたいことをやってみるのが一番だしな。
ほぼ自由に外に行けるとはいえ、彼女たちは{夢現空間}という牢獄の中に居るようなものだ。
罪悪感……とは違うだろうが、彼女たちの望むことを、させてあげたいと思うんだよ。
みんなちゃんと了承してくれたし、これで良かった……って、あれ?
「それじゃあ俺はその間、何をしていればいいんだ?」
「うーん、みんなで一緒に遊ぼうよ!」
「グラ、みんなは無理だよ。ここに居ない忙しい人もいるんだから」
「なら、いっしょに観戦しましょうよ。メルスも暇そうだし……席ってまだあるの?」
「いや、もう完売だ。いちおう俺の控室で観ることも可能だろうけど、それはもう観戦って感じじゃないだろう」
控室はあくまで選手が集中するための部屋であり、観衆と一緒に盛り上がる場所では無いのだ。
それに、そんな誰も来ない密室に閉じ込められたら……俺のアレが狙われてしまう。
「メルス……、料理は? たぶん大人気になるよ」
「料理ね~……不器用なのを(生産神の加護)だけでやるってのもちょっとな。それに、普通の客には魔力飯は出せないし、いつもは使わない材料の調達に困るな」
「マスターのご飯を他の者に食べさせるというのも、少し問題かな……ではマスター、こうしてみるのはどうだい?」
と、いろいろと説明された結果が──カツサンド屋と言うわけだよ。
え、意味が分からない?
正直、俺もあまり理解できてないから気にするな。
いつから主人公が闘うと錯覚していた! 一部の試合を除いて、主人公はのんびりとやっていきます。
Q.【固有】スキルに侵蝕効果があるのなら、その上位のスキルはどうなの?
A.【固有】以上のスキルならば、どのスキルでもそうなる可能性があります(例:主人公の{感情})
ただし、それは外付け(アンケート等)でスキルを入手した場合のみに適応されるルールです。
自分自身でスキルを習得した場合、特に影響はありません(例:アルカの【思考詠唱】)
主人公が島でスキルを手に入れる作業は、主人公のスキルを介して行われていたので問題なしです。





