偽善者と赤色の世界 その13
『――と、いったわけなのだ。君がこれを聞いてどう思ったかは分からない。だがそれでも、私からは彼女を救ってやってほしいとしか言えない』
「俺は心が広いからな、そういうことぐらいなら受け入れるよ。あ、いつかはさ、アンタがその娘と一緒に話ができるようにしてみようかな? そっちの方が……幸せな終わりっぽいだろ?」
『……そう、だな。では、よろしく頼む』
邪神様はそう言って一礼する。
ちょいと重い話が多かったので、省略させてもらった。
要するに──少女はミシェルのように苦労してましたってだけだ。
少女の身の上話にはいろいろ思うところもあったが、彼女一人にだけ同情することは、そうした経験がある強者たちの主である俺にはできない。
まあ主人公なら、俺以上に深い思いを抱きそうだがな。
邪炎神は俺との対話を終えると少女の中へと戻り、主導権を彼女へ受け渡す。
外と違って意識ははっきりとしており、俺の存在を不思議そうに見ていた。
「えっと、言葉は分かるか?」
コクッ
「そっか。俺はメルス、まあ……偽善者だって覚えておいてくれ」
再びコクリと頷いてくれる少女。
たぶんだが、偽善者って言葉の意味を理解はしていないだろう。
まだまだ日本ならJSの年らしいからな、むしろ知ってた方が恐いと思うよ。
「ここは君の心の中で、俺はそこに遊びに来たわけなんだけど……名前は?」
フルフル
「……名前、分からないのか?」
コクコク
「んじゃあ、とりあえず今は後回しにしておこうか。いきなり訊くけど――君は、ここから出る気は無い?」
フルフル
「それは、外に出るのが恐いから?」
フルフル
「……じゃあ、みんなに迷惑をかけたくないからか?」
コクコク
「そっか、君は優しいんだな」
ここでフルフルと首を横に振ってくる。
頭に手を置いて少女を優しく撫でておく。
いや、充分に優しいからな。
邪炎神から聞いた話を纏め、そう思った。
いわゆる、歪な優しさの持ち主なんだよ。
「君の力に関する問題は、俺が全て解決して見せる。俺がここに居るのも、その証拠の一つにしてほしいな。君の力を俺は否定もしないし肯定もしない。ただ、その力を君が持ったことを悪いことだとは思わないぞ。君が今までにその力で何をされたかは知っているけど、君がどう思ったか分からない……でも、君は本当にここに居たいのかい?」
…………
「いずれ君を封印している術式は解けてもう一度君をどうにかするために人々は動く……これじゃあ脅しみたいだな。でも、いちおうは本当の話だ」
毎度御馴染み、魔法でスクリーンを出現させるアクションを見せる。
「君の炎は未だに燃え続け、人類が隔離してもなお被害を齎している。君はそうなるのが嫌で封印されたんだろうけど……結局は、こうなったんだ。形ある物がいずれ壊れるように、君が封印されたことで訪れた平和も、いつかは終わりが来ていたんだ。本当の平和を求めるなら、君が死ぬか世界が死ぬか……このどちらかを選ばなければならない」
…………
「何か言いたげだな。君は選べと言われたら迷わず自分の死を選ぶ娘だろう。それは確かに優しい選択だと思うぞ。自分を捨てて、周りを救う……いや、実に悲劇のヒロインと言える優しさだよ」
――ッ!
少女は足をバタバタと動かしながら、苦しそうな表情を浮かべて俺を睨みつける。
……うん、首を掴んで持ち上げたからな。
片手でギュッと少女の脈を絞めながら、会話を続けていく。
「君はたしかに、それを選ぶんだろうが……すまないな。さっきも言ったが俺は偽善者だから、その答えは絶対に選ばせないんだ。君がここに居る理由をすべて破壊してでも、君に自分を選ぶ選択肢を選ばせるよ。ほら、まずは炎を出してみてくれ」
フルフル
「うーん、嫌みたいだな。俺もあんまり強制はしたくなかったんだが……協力してくれないなら、仕方ないか」
――――ッ! ――――ッ!!
「すまないな、この会話の間に君に干渉をしていた。君に無理矢理口を開かせることもできるし……スキルを使わせることもできる」
少女は抗っているようだが……自分自身が体験済みなので、簡単に操れる。
今の俺と彼女は、体という守りの壁が無くなっている状態だ。
剥き出しの心に干渉するなど……R18の主人公がヒロインに魅了を掛けるぐらいの速さでできるだろう。
というわけで少女の体から、再び黒い炎が荒れ狂い始める。
当然、彼女の首を掴んでいる俺にも黒い炎は回ってきており、全身を燃やそうとする。
漆黒の炎は少女の体から俺へと伝うように這っていき、俺の体を滅す……ことなく消えていく。
「まあ、こんな感じさ。俺だけに限定するなら、君の炎は効かないから問題ない。すまないな、こうやってみせないと君は心配でやることもなかっただろうし……。はい、とりあえずこれで不安は取り除けたよな。もう一度言う、スキルを使ってみてくれないか?」
……コクッ …………?
「君の炎は、あくまでスキルだ。それがどれだけ強いスキルであろうと、スキルという枠の中に収まっている限りは――封じ込めることは可能なんだ」
邪炎神の話によると――自身の持っていた歪んだ権能の炎は、:超越:級のスキルとして少女の魂に刻まれたらしい。
あまりの階級の高いスキルなため、人類には抗えない兇悪な力として見られていた。
──だが問題ない、俺はすでに:超越:スキルの解析を済ませてある。
「君の力は、みんなに害を与えてしまうものかも知れないけど……君自身が害を与えているわけじゃないんだ。君が俺に助けを求めてくれたなら、俺は全力で力を貸す。例えば、君の炎を消したりね(パチンッ)」
――――ッ?!
「だから、一先ず外に出てみようぜ?」
指先一つでこの空間から炎を消し去り、代わりになんとなく少女が好みそうなデザインの空間を創り上げてみた。
あくまでここは、彼女の心象イメージから創り上げられた空間だ。
スキルの侵蝕は邪炎神が防いでいるので関係なく、少女が今までに歩んだ軌跡がそれを具現化させていた。
なのでもしかしたら、という期待を持たせれば……こうして空間に干渉することもできるというわけだ。
「…………ぅ」
「俺は一度ここから出る。あくまでここは君の心の中だし、俺みたいな奴はお邪魔虫だろうしな。ついでに外に溢れてる炎も消しておくよ。もう出てこないとはいえ、今ある分はまだ残っている。これでもう、本当に君がここに残らなければいけない理由は無くなるわけなんだが……さて、君はどんな選択をしてくれるのかな?」
「…………ぁっ」
掠れた声が聞こえてくる気もする。
だが、この空間で行ったことがいろいろな部分に響くので──今は無視するしかない。
外の体を守る結界が、こっちでの少女の精神の揺らぎを受けて結構燃え上がっているんだよ。
結界を強化しないと、外側の俺がこんがりと焼かれてしまいそうだった。
なのでそれを防ぐために魔法を使い、一気にMPが減ってしまっている。
さて、どうやって炎を消すかな?
自分の体が焦がされても、それでもなお少女を救おうとする主人公
そこだけ聞くと、王道っぽい気もしますが……。
自身の身を守るために少女の首根っこを掴み、体を支配して能力を止めさせようとする主人公
そう聞くと、邪道っぽいですね……。





