偽善者と赤色の世界 その12
「(あ、これってどうやって起こすんだ?)」
辿り着いてからふと思う、そういえば調べてなかったよ。
少女は生きてはいる、だが意識がここには無いようだ。
このまま起こさぬ限り、永久に眠り続けるだろう。
――そうなると俺は、いずれ体も魂も燃やされてしまう。
体は絶賛焼却中なのだが、こうした軽快なボケができるぐらいには余裕がある。
魂だけの状態になっているが、スキルはあくまで魂に記録されるものだし……やれることはいくらでもあるしな。
「リアみたいに起こすか――“精神侵入”」
かつて使用した(禁書魔法)“精神侵入”。
それを使うことで、自発的に起きてもらうように促すというわけだな。
体はできるだけ燃えないように丸めて結界で包んでから、少女の精神へ向かう。
◆ □ ◆ □ ◆
さすがにリアと同じように夢の中を掌握している――なんてことはない。
入った世界は外界と同じように、黒い炎が至る所で立ち上る空間であった。
色はたしかに外と同じようだが、熱さを感じるわけではない。
そう分かると一段階警戒を下げて、どこかに居る少女を探していく。
「炎が邪魔で全然見つからないな。そもそも神の精神世界ってどうなってるんだよ。うちの邪神様が……アレだからな。ちょっと異形な精神な気がしてならないや」
ブツブツと呟きながらも、<八感知覚>による捜索を行っていく。
通常の五感すべて炎によって使えない。
なので魔力を感じる感覚――勘や俺にもわけの分かっていない第八感を駆使して少女を探していく。
何なんだろうな、第八感ってのは。
運命を感じ取る、とかだったらまったく期待できない気がするが……。
この世界の炎は、あくまで少女の性質が生み出しているものだ。
本人に敵意を向ける意思が無ければ、攻撃性を持つ炎は放てない。
そういう観点からすれば――少女は封印されたというのに、そのことへ怒りを感じていないということになる。
どんな聖人であれば、そんな風に思えるようになるのだろうか。
強者たちにもそういう奴が混ざっているけど、心からこうってのはまだ知らないしな。
「……ん? 何か居そうな気がする」
イメージ的に、頭頂部の毛が上にピーンと立った感覚がする。
妖怪……ではないだろうが、何かが居ることに違いはない。
それを掴んだ俺は、瞬時にその場へと歩いて急行した……うん、矛盾している。
――いや、準備をしながら行きたいんだ。
やって来た場所は、炎が円状に綺麗に展開された魔方陣のような場所だった。
一ヶ所だけその円に穴が開いており、そこから入ってこいという無言の圧力がある気がする。
「……お、おじゃましまーす」
緊張感っぽいものを醸し出す空間に、一歩足を踏み入れた。
すると圧力は何十倍にも膨れ上がれ、俺を押し潰すように放たれる。
「えーと、誰か居ますよね~。重圧に耐えられなくなる前に出て来てくださ~い。あ、忘れてた――ごめんくださ~い」
『……やはり、化物か』
どこからか声が聞こえたかと思うと、円の中心から渦巻く炎が出現する。
しばらく炎が燃えているのを待とうとしたのだが……少し暇なので一手間加える。
『私は……。おい、何をしているのだ?』
少女の見ている光景は簡単に説明できる。
自分の目の前に、マシュマロを刺した棒を突きだしている変人がいるというものだ。
「はふはふ。見ての通り、マシュマロを食っているんだが? あ、お一ついかが? 結構美味いぞ?」
『いや、遠慮しておこう』
そうか、残念だな。
少し融けたマシュマロは、口に含んだ途端にその甘さを爆発させてくる。
くー! 昔食べといて良かったよー。
お蔭で美味しいマシュマロを用意できた。
口の中でチョコレートとマシュマロの甘さが混じり合い、極上のハーモニーを放つ。
少し熱いが、それがまたふわとろ感を出しているから堪らない。
「はーふー。俺はメルスだ、たまたまこの世界にやって来ただけの偽善者で……はふっ、君──お前の今の体の持ち主を救いに……はふはふっ、ふらりと封印を外しただけの一般人だぞ」
『私がこの体の持ち主ではないと、どうして言い切れる? あと、食べながら話すのは止めてもらいたい』
「……んぐっ。いや、さっき見た時と色の対比が逆になってるぞ。瞳はどうか知らないけど、少なくも髪はそうなっている」
『……ああ、今は逆であったのだな』
分かりやすく言うと――外の少女は赤よりの黒で、今の少女は黒よりの赤である。
ついでに服装はと言うと、黒薔薇みたいな色をしたワンピースだな。
少女(?)は俺の指摘に納得すると、一度咳払いをしてから話を戻す。
『私は邪に堕ちた炎神だ。この世界では名のある神であったのだが……訳あって、今では誰からも名前を忘れられたただの邪神さ』
「それで転生をしたのか?」
『そうだ。本来ならば私のこの意識も同時に消滅させる予定だったのだが……失敗し、少女の意思とは別に残ってしまったよ』
「……ってことは、外のあの大惨事は故意のものでは無いんだな?」
『そうだ、とは言い難いな。邪神になった影響で、アレは常時私の体をも蝕む毒として体から溢れるようになった。だからこそ転生を選び、私ごとその忌々しき力を消し去ろうとしたのだが……少し効果が弱まっただけで終わり、結局私の存在を知らない少女に継承されてしまった。元の炎の使い方も分からない少女が、それを暴走させてしまったのを私は歯痒い思いで見ることしかできなかったな』
えっと……要するに──邪神専用の炎が出るようになって、それを捨てるために転生したけど失敗。
何も知らない転生体の少女がその炎を暴走させた結果、危険視されて封印――まあ、だいたいこんな感じだな。
「そうか……それで、当事者である少女は無事なのか? 普通、人間不信とか世界を恨むとかしそうなところだが、そうじゃないのはいちおう理解している」
『それはだな――――』
邪神の説明はもう少し続いた。





