偽善者と赤色の世界 その10
ようやく地に足を着けることができた。
これこそ、船酔いをする人が陸に上がった時の気分なんだろうか。
速度制御の必要がなくなり、(限界突破)を解除しても平気でいられるようになる。
魔力は何処からか漂い続け、地面には立てたが目的地が分からないのが現状だ。
どこから魔力がやって来たのかが分かればいいんだが、拒絶の意思によって全く判明していない。
「……って言っても、<八感知覚>の大部分は機能しないから探せないんだよなー。やっぱり、困った時は感と勘と観に任せて歩いてみるのが一番かー」
感は状況を見ての捜索、勘は俺の眠れる野生の力を使った捜索、観は……適当な捜索。
野生にはあんまり縁の無い一般ピーポーな俺に二つ目はあんまり関係ないのだが……スキルとして(直勘認識)があるし、たぶんどうにかなるだろう。
「さぁ、どこにいるのかなー?」
鞄も机も無いので見つけにくいとかそういうレベルの話ではないが、きっとどこかに居るだろう。
そんな不思議なことを考えながら捜索を始めていった。
結論から言おう──かなりの時間がかかったが発見された。
ここに『無事』という単語が入っていないのには、少々わけがあるが……。
「うーん、次はどうやって開けようかー」
俺の目の前では、真っ黒な球体が地面すれすれに浮かんでいる。
濃密過ぎる魔力が形を成した強固な壁なのだが──これがまったくと言っていい程に破壊できない。
まあ、そこから未だに漏れている魔力の吸引も行っているので、演算処理の必要な強めの技は使えないだけだが。
制御しないと中に居る奴に、どんな影響を与えるか分からないし……。
おまけに、黒い球体自体にも封印がかけられている。
これは人類がどうにか頑張ったって証拠なのか?
解除しようとすると──今まで抑え込んでいた魔力全てを解放し、全てをリセットしようとするという卑劣な仕掛けを見つける。
なので、破壊からの“夢現返し”という王道パターンもできずに困っているのだ。
……さすがに膨大な魔力ごと消すのは難しいんだよ。
「せめてこう、爆弾処理みたいに答えのある問題にしてほしかったよ」
あれは基本的に、雷管と呼ばれる小型の爆弾に繋がるコードを切れば止まるという簡単な仕組みだ。
雷管が爆発さえしなければ、メインとなる爆弾の方も爆発しないんだからな。
だが、俺の解除しようとしている封印の場合は、そのコードに触れただけで爆発するという鬼畜仕様だ。
現実的な爆弾処理法(凍結・遠隔処理)も不可能だし……本当にどうすれば良いんだ?
ん? 雷管って確か、火薬があるから爆発するんだよな――当然だけど。
「なら……火薬を抜けば、良いのかな?」
束ねていた“不可視の手”を解いて一つ一つ通常状態に戻していく。
その数はまさに──ムゲン●ザ●ハンドの状態になっていた。
そして、見えたならばSAN値直葬間違いなし! な感じで、それらは一気に黒い球体へしがみつくようにして張り付いていく。
俺は両手を(それとは別に生み出した)穴の中へと突っ込み、作業を行い始める。
「なんだか最近、いろいろと無茶をしている気がするなー。……ま、別にいっか。それより今は一気にやる――“奪魔掌”!」
膨大な量の魔力が魔手を通じて体内を掻き回していく。
回路が、脳が、腕が、脚が、心臓が、体全てが……その暴力的な力の奔流に悲鳴を上げて壊れ始める。
そうして体を壊しながら、魔力は破壊された回路と腕を通じて穴の中へ送られていく。
穴の先は虚空へと通じており、理論上はこの空間に存在した魔力全てを溜めておけた。
……それをやらなかったのは、そこに他人の魔力を送るのが命懸けだからだ。
人造魔石の場合、集束させて詰め込むだけで完成した。
だが、虚空は魔力とは異なる絶大なエネルギーを扱う<虚無魔法>のための空間である。
──いくら濃密な魔力とはいえ、あくまで魔力は魔力だ。
虚無エネルギーへと変換しない限り、その力を虚空へと納めることは不可能であった。
(しっかし、やっぱりこうなるよなー。でも一度にやらないと爆発するわけだし、俺も死ぬワケじゃないし……おーるおっけーだな)
ひらがな表記なのは当然、言葉にまったく感情が籠もっていないからだぞ。
絶賛自壊中だというのに、どうすれば問題無しなんて言えるんだよ。
体の中に封印に使われている魔力全てを取り込み、それを体内で虚無属性の魔力へと変換していく。
そして、それを再び体内を通じて虚空へと送りだす。
加えて、封印の術式を消滅させる作業も同時に行っている。
魔力を回収する作業を雷管から火薬を抜く作業で例えると、これは本体の解体処理だ。
魔力が封印されている者を供給源として生成され続ける限り、封印は半永久的に発動する――そんな厄介な術式は、人類の汗と涙が籠められた特殊な石によって発動している。
俺もその石を持っているのだが……詳細は省こう。
そんな石の中に記された術式の核部分を見つけ出し、“魔法破壊”でぶっ壊そうとしているわけなんだよ。
(肉体損害……死亡級、賢者の石……術式確認。“魔法破壊”を発動……賢者の石の機能停止を確認。肉体修復……<物質再成>を発動して修復──みたいな感じだな。なんかシステムみたいでカッコイイ)
ちなみにだが、さっき言ってた石は『賢者の石』だぞ。
この世界では万物の変換機能を持っているので、人類はそれを利用して封印を作ったみたいだ(封印された者の意と反して、魔力封印の核へ変換していた)。
アイリスの居た堕ちた天空都市に飛行の石があったわけだが、まさかそんな代物まで実在するとはな……恐ろしや。
そんな賢者の石に刻まれていた術式を破壊すると、魔力が一気に俺の元へと飛び出してくる。
……あ、封印に関係無く魔力が溜まっているの忘れてたや。
急激に増大した魔力に耐えられず、俺はお空の彼方へ吹っ飛ばされるのだった。





