偽善者と鬼ごっこ 前篇
三人称です
唐突だが──現在プレイヤーの行動可能範囲に、学校というものは存在しない。
その範囲内に学校があるという情報自体はあるが……そこははるか遠く、プレイヤーが行くにはまだまだ時間のかかる場所だ。
AFOにはレベルキャップが、いちおうではあるが存在する。
クエストやイベントの報酬で段階ごとに解除が可能で、本来のプレイヤーの最大レベルは現在80である。
……ただしここに、世界最強になった異常な程に数値が高い偽善者は含まれていない。
話を戻そう。
プレイヤーの居る大陸内で最も有名な学校がある国は、最低でもレベル70の者がフルパーティーで挑まなければ勝てないエリアボスを倒した先にある。
それは、その地に重大な物が揃っているからであるが、それらに関しては割愛しよう(ちなみにだが、自由民にエリアボスは立ち塞がらないので、そこへ簡単に行ける)。
本題である。
しかしそんな中、極少数のプレイヤーのみが行ける場所に、一つの学校が存在した。
それこそが――。
◆ □ ◆ □ ◆
第四世界 迷宮学校
ダンジョンを改造して造られた──『迷宮学校』である。
偽善者の創り出した世界の住民が、一定の習熟度ごとに分かれて教養を学ぶ場所だ。
今までに建てられた学校関連の施設もここに移転され、今ではAFOの世界内でもかなり施設の整った学校であった。
そんな学校では、一人の天災講師が教鞭を執っている。
「──はーい、では君たちには鬼ごっこをしてもらうぞー。あ、別に魔子鬼族のみんなの気持ちを味わう遊びじゃないからなー」
「先生、みんなそんなこと知ってますよ」
「いいんだよ。一度一度説明すれば、アルツハイマーの奴にも理解してもらえるだろ」
「あるつはいまー?」
「物忘れ、最近のことを思い出せなくなった人のことだな。たぶんお前たちはそうならないから、気にしなくて良いぞ」
「なら、なんで言ったんですか……」
講師は生徒と適当なやり取りをしてから、再び今日の講義内容を説明する。
ちなみに、ここには中級部の全クラス(約720人)が集っており、講師の話を真剣かつ楽しげに聞いていた。
その様子に感動しながらも、講師は口を動かしていく。
「今回やるのは増え鬼、つまり段々と鬼役の数が増えていく鬼ごっこだな。今日の講義時間を最後の5分以外はフルで使ってやるぞ」
「お、鬼は誰が……まさか、先生が!?」
「んにゃ、それをやったら1秒で終わるぞ。今の俺なら、ミント相手でもどうにか発見できるからな。鬼は――お前たちの中から適当に決めるか」
どこからともなくビンゴ大会などで使われる抽選機を取りだし、生徒に見せる。
「ホームルームナンバーに合わせてあるからな、当たった奴が鬼になる……あ、もちろん最初は一人ぼっちだぞ」
『え~!』
「……それなりに、報酬はある」
『おー!!』
生徒たちのやる気をコントロールしつつ、ガラガラとガラポンを回す……コロッ。
「えっと……あれ?」
出てきた球に書かれた数字を読み上げようとした講師……だが、そこに書かれていたのは――。
「ああ……すまない、抽選機を間違えてたみたいだ。仕方ない、ちゃんとした物で――」
「先生、どうして変える必要が?」
「もしかして先生自身ですか? そうでないなら、眷属の方々でも一度挑戦してみたいと思います」
「いや、別に俺の名前が書かれてたわけじゃないんだが……なら、こいつに鬼をやってもらうか?」
『はい!』
(──い、嫌な予感がする……)
一度は止めようとした講師だが、生徒のやる気に感動し、そのまま球に記された者に今回の鬼を担当してもらうことに決める。
一部の者だけが、その後の展開を察してブルリと震えていた。
◆ □ ◆ □ ◆
「――と、いうわけで今回の鬼はこいつだ」
『…………誰?』
生徒たちの前に、一体の影が現れる。
足元に魔方陣が展開されているので、召喚されたのだろうと生徒たちは理解した。
全てを漆黒に隠し、闇と共に生きる。
己が身全てを黒に包み、その正体を知る者は極僅か……要するに、とある小学生(笑)探偵の物語に出てくる、未解決時に登場する犯人のような姿をしていたのだ。
「さっき引いたのは宴会芸の内容を決める抽選機で、そこに記されていたのが『影遊び』だったから、今回呼ばれたのは俺の過去の履歴を切り取った影さんだ。あ、この魔方陣はダミーだから特に意味はないぞ。これに気づけた奴はDPを1加算しておこう」
その言葉を聞いた十人程の生徒が喜びのアクションを取るが……彼、彼女たちが何を思いそれをしたかは内緒にしよう。
「この俺は……島に飛ばされる前の俺だな。ちゃんと職に就いていた頃の俺だから、気をつけろよ」
「……先生、逃げられる気がしません」
講師のやることなすこと全て天災。
そう割り切っている生徒たちにとって、昔だろうと今だろうと、天災は天災なのだと理解している。
「ん? お前たちに自信が無いってんなら、それでも良いか。仕方ないし、今回は身体スキルだけで縛っておこう。ただし、その分として報酬は減るぞ」
『え~』
「もともと鬼に渡す予定だった物を、逃げ切れた奴にプレゼントするだけでも感謝しろ。能力のセーブはだいたい試験レベルで固定してある。これにバレなきゃ、隠蔽・偽装系の試験は合格できるだろ」
この学校では、スキルの系統毎に講義を行うこともある。
その一つである隠蔽・偽装系の講義の最終試験は、その時の試験官から一定時間身を隠すというものだ。
講師は召喚した影の技能レベルに制限をかけて本来の性能以下に抑えることで、彼らのスキルアップにこの時間を使おうとする。
「さぁ、待ち時間は1分だ。早く逃げろ!」
『うわぁあああ!』
そして、講師は影の調整を行いながら、その刻をゆっくりと待っていく。





