偽善者なしの『未来先撃』 後篇
「“刻々斬”……3、2――」
「シガンのスキルは分かっています!」
わたしはメルちゃんを両手で握り、シガンへ駆け寄ります。
シガンの【固有】スキルである【未来先撃】は、彼女が行った攻撃全てをその場に溜めて置くことができます。
その場に置かれた事象は、使われていない状態でも固形物として残り、敵が迫って来るのを防ぐこともできます。
その攻撃を効果を伴って動かしたい場合、絶対の決まりとして、効果を発揮したい攻撃全てをイメージしてカウントダウンをしなければなりません。
数が多ければ多い程、イメージが必要になるということです。
そして、カウントダウンが長ければ長い程威力が向上し、敵を苦しめます。
わたしにとって最悪な状況は、シガンが辺り一面にあらゆる動作を張り巡らせること。
攻撃だけでなく防御や回復、補助系統の魔法なども、使われる前は壁となり、使われたら本来の性能でわたしを苦しめてきます。
――なら、それよりも早く決着をつけなければ勝ち目はありません。
《ますたー、“強射”とイメージして!》
「え、それって弓の武技で《早く!》は、はい(――“強射”)」
メルちゃんに言われるが儘にそう念じた途端、剣先から魔力の矢が出現してシガンへと向かいます。
彼女はそれを舌打ちをしながらも、カウントダウンが終了した武技で相殺しようとしますが――。
「──っ!?」
チャージした強力な武技を、弓の初期に手に入る武技で貫通してしまいます。
彼女はそれに驚きながらも、今度は躱してそれに対処します。
《んーまだまだー!》
メルちゃんがそう言うと、真っ直ぐ飛ぶだけの“強射”が、ありえない軌道を描いて彼女を追尾していきます。
『5、4、3、2、1、0!』
彼女はそれを躱し続け、振り続けた斬撃でどうにか消し飛ばします。
《やっぱり、難しいなー。ますたー、今度は(未来眼)ってイメージしてみて》
「はい(――“未来眼”)」
《補助はこっちでやるから、ますたーは目に視えるものを全部斬っていってね》
(未来眼)とやらをイメージすると、視界に今まで視えなかったものが視えます。
それは、彼女がこれまで行ってきたであろう動きの全て――溜め込まれた行動の跡が、そこには視えていました。
メルちゃんを握り、それに向かって横に振るうと――それは少しの抵抗も見せず、光になって消えてしまいます。
「そんな、ありえないっ!」
《ますたー、あれはあくまでスキルで固定化されているからね。それを破壊する効果を持つ武器なら壊せるんだよ。勉強になるねー》
「そ、ソウデスネ……」
これを手に入れたばかりの頃の彼女が、止めたものは絶対に壊されない盾になると言っていましたね。
メルちゃんと居ると……その、常識というものが塗り潰されていく気がします。
「ねぇねぇ、リーダーのアレって確か壊れないんだよね?」
「でも~、絶対に壊れない物なんて無いんだし~、今回が壊れ時だったんじゃな~い?」
「そもそも武器にそんな効果を付与できるんだったら、プレイヤーの序列が変わるんじゃないの?」
「そうだな。私でもメルを使えばそれなりに戦えそうな気がするな。クラーレがシガン相手にあそこまでできるんだ。戦闘職の者が受ける恩恵は相当なものだろう」
周りが何かを言っている気もしますが、今は彼女の溜めてあった動作の処理へと集中します。
頭の中でイメージした通りに体が動き、剣が少しずつ彼女の手札を減らしていきます。
彼女も無駄な動作は控えるようになり、自分の周りに強力な動作を溜めているのが視て取れます。
「メルちゃん、わたしをジガンと直接ぶつかれるようにしてください」
《うん、分かった》
体にかかっていたバフがさらに強化され、わたしは羽を得たような軽さと素早さを手に入れます。
《邪魔なものはこっちでどうにかするから、ますたーは正しいことをするために動いて》
「はい。ありがとうです、メルちゃん!」
メルちゃんが何かをしたのでしょう。
わたしたちの周囲で溜められていた動作のほとんどが、一瞬で消滅します。
残っているのは、彼女自身の補助を行う魔法を溜めた動作のみ。
……メルちゃん、本当に心を折るつもりみたいですね。
そんなメルちゃんの優しさに、(色んな意味で)涙を心で流し、わたしは彼女との勝負を終わらせるために走ります。
「シガーーン!」
『……チッ。クラーレ―!』
互いに双方の名を呼び合い、握られた剣をぶつけ合います。
激しい剣戟が続き、その場は金属が反発し合う音だけが延々と鳴り響いています。
「……ねぇ、クラーレのアレって」
「アレみたいだね~」
「うむ。あの道具、確か――」
「名刀電光◯だね。剣に操られてるよね、今のクラーレ」
……聞こえません。
シガンとのシリアスな闘いを行っているわたしには、外野の話は何も聞こえません。
例え今のわたしが、外から観れば剣に引っ張られるようにシガンと闘っているのが事実だとしても、わたしには何も聞こえませんからね。
どれだけ時間が過ぎたのでしょう。
甲高い音と何かが突き刺さる音が二つ鳴り響き、わたしに冷静さを返してくれます。
後に鳴った音の発生源──何かが刺さった音の辺りを見ると、そこには折れた剣先が刺さっていました。
そして、わたしの首元には先が欠けた剣が向けられています。
つまり、これは――。
「……わ、私が、負け、たの?」
メルちゃんの剣はシガンへと強く、深く突き刺さり、彼女のHPバーは0へとグングン減少していました。
「シガン、貴女の負けです。この世に完璧なものなんてありません。わたしだって……シガンだって……」
「そう……私、負けたんだ」
そう言うシガンの表情は、あまり悔しそうな顔ではありません。
その表情は昔の頃の――わたしを救ってくれたあの頃のように、優しいものでした。
《うん、もう大丈夫そうだね。ますたーもシガンお姉さんもこれで一件落着♪》
メルちゃんのお墨付き(?)ももらいましたので、今のシガンは【固有】スキルに侵蝕される前の状態に戻れたのでしょう。
◆ □ ◆ □ ◆
元に戻った(?)シガンとやり取りを重ねていると、剣の姿のままメルちゃんが淡く輝き始めます。
どうやら、わたしの願いが叶ったということで、お別れの時間になったようです。
みんなで感謝の言葉を尽くし、メルちゃんと別れることになる……と思っていたのですけど――。
《それじゃあ、わたしはこれで……あれ?》
メルちゃんは最後に、疑問符を出した気がします。
……どうしたのでしょうか?
SIDE OUT
次回からは主人公視点に戻ります





