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01-30 第一回闘技大会 その02



  ◆   □   ◆   □   ◆


 控え室の中、少女は一回戦の映像を真剣な目で確認していた。


 映像は重戦士と召喚師が闘ったもの。

 圧倒的な速度で動いたゴブリンが重戦士を一瞬で真っ二つにするものである。


 その勝者が──次の対戦相手だからだ。


「やっぱりあれはゴブリンキング、それも進化したホブ種か変異種。こんな始まったばかりでそれを手に入れる方法は一つ──レイドボスとして現れたものを捕まえることだけ」


 少女が参加したレイドイベントにおいて、そのボスがゴブリンキングであることは公式サイトで判明していた(種族名が掲載されていたからだ)。


 ゴブリンをゴブリンキングに進化させる条件はまだ不明。

 ならば、最初からゴブリンキングであった個体を進化させるか変異させる方が簡単だと思われる。


「空間魔法を持っているみたいだし、アイツ自体は空間を断って遠距離攻撃? それであのゴブリンキングに闘わせている……それだけだったらまだいいけど、従魔として従えているってことはそれができる力──【統属魔法】があるのよね」


 レイドボスの最中、一人のプレイヤーが周りのプレイヤーに伝えた情報。


 少女もまたそれを聞いた一人であった。


 故に対戦相手がまだ隠している力に、ほんの少しではあるが感づいていた。

 ……強力な魔法にプラスして、レイドボス級の戦闘力を同時に相手しなければならないことにも。


「レイドイベントのランキングから見るに、アイツが複兼職(マルチジョブ)なことは間違いない。召喚師以外にも就いてるわよね」


 レイドイベントで配布された職業の枠を一つ追加するアイテム。


 とある格闘士が掲示板に上げた情報によって、ソロランキング二位の報酬の中にそうしたアイテムがあることが判明する。


 謎のプレイヤー『ライ■ン』がソロ・パーティーともに一位になったことを確信している彼女のような者にとって、彼の者がそれを所持していたことは明白だった。


「それでも負けられない……。私は強くなって必ず──」


 観るべきものは観終えた。

 これから行うは、圧倒的な格上との闘い。


 全力を籠めて、全身全霊をかけた闘い──意志を高めた少女は、舞台へ向かった。






≪さぁ、続きまして二回戦。

 第一試合対戦カードは──

 光と闇を操る魔法使いにして【思考詠唱】の光魔法使いさんと……?

 おっと、どういうことだ? 【矛盾】の中忍と書かれているぞ! これはいったい!?≫


 その言葉に会場中が騒めく。

 登録した際の情報が変更できる、それ自体は正式なものだ。


 日を跨いでの大会などの場合、相手によって転職を行うような者がこの世界においてかつて存在したからである。


 その情報は受付嬢の話をしっかりと聞いていた物ならば理解しているし、ヘルプ機能で闘技場に関する内容を熟読すれば気づく。


 だがしかし、【固有】スキルの変更には誰もが落ち着くことができずにいた。


 今回のイベントは貴重な固有スキル持ちたちにその力の一端を見せる──そういった目的も兼ねて(・・・・)行われている。

固有(ユニーク)】は(一般(ノーマル))とは異なる、選ばれし者に与えられる力だと魅せようとしていた。


 ──そんな意向を嘲笑うように、その者は二つ目の【固有】スキルを表明する。


(落ち着くのよ、私! 考えて考え抜いて答えを見つけるの!)


 舞台上でそのアナウンスを訊く少女。

 目の前で沈黙を貫くその者に、見つけた答えの確かめをさせる。


「いったいアンタはいくつの顔を持っているのかしら? ……ちょっと、人の話を訊いてるの?」


「…………」


「無視とはいい度胸ね。アンタ、あのレイドイベントでボスを倒した奴でしょ」


「…………そうだが?」


「他者の固有スキルを使うことができるスキル……持ってるわよね?」


「…………」


 沈黙が何よりの肯定である。

 少女なりの考察はほぼ正解だった。


(思った通り! たぶんだけど、他人の固有スキルをコピーできる。前回の試合映像で特に目立った行動はなかったから、特に接触をする必要もない。試合前に済ませていたのかもしれないけど……使っただけでコピーされるなんて能力かしらね)


 例え自身の仮説通りでも、突破できない相手ではない。

 スキルを奪うスキル(・・・・・・・・・)……そんな代物でもない限り、この試合の間に自分を超えることはないだろう。


「召喚師としては闘わないのかしら?」


「……今は中忍だ」


「なら助かるわ。か弱い魔法使いじゃ、あんな強そうなゴブリンキングと似た魔物に勝てないもの」


「……では、始めようか」


 忍者系の職業は、闘士と盗賊を一定レベルまで上げることで転職が可能になると判明している。


 少女は新たに得た情報を頭に叩き込み、試合に臨む。




≪さて、両者ともに準備できましたね……試合開始!≫


 少女は瞬時に詠唱を行う……ただし、それは口頭では行われない。


(……■■■■──“光槍(ライトスピア)”×10)


 彼女の持つスキル──【思考詠唱】。


 本来口頭で述べる必要のある詠唱を、すべて頭の中で処理して魔法を発動することを可能とする力だ。


 それを彼女はスキルとは別に、彼女自身が元から持つ並列思考を用いて複数本発動して射出する。


 魔力の流れは口を動かしてやった場合と変わらないため、魔力に敏感な者ならばすぐに気づくのだが──そうした弱点は彼女も対策済みである。


 発動の寸前まで感じられないように精密な制御を行い、外部への漏れを極限まで封じて解放する。


「…………」


 何もせずに直立したままの中忍は、無防備な姿を晒したまま光の槍に貫かれる。


 ──そして、体内から煙幕を放って掻き消える。

 煙が晴れたとき、そこには一本の丸太が置かれていた。


「分身ッ!?」


 忍者が変わり身の術を使う、それはある程度予測していた。


 しかしそれは使用回数に限度があり、初撃で使われるものではないと踏んでいたのだ。


「──“忍法・変わり身の術”。悪いけど、これでチェックだ」


「チェック? チェックメイトの間違いじゃないのかしら?」


 背後からの声に気づいたとき、勝負はすでに着いていた。

 ──少女の首には、一本の短剣が突きつけられていたのだから。


(もう……負けたのね。ここまで圧倒的すぎると、怒りも恨みも感じない)


 そこにあるのは超えられない高い壁。

 尊敬や畏敬を思わせるほど、強い感情を抱くこともなく終わる……そのはずだった。


「私の負け──」


「なんて、つまらない答えは出さないでほしいな。もっと楽しもうぜ」


 少女が降参のために上げようとした手を、その者──声色からして男──が防ぐ。


 掴まれた腕は強靱な力に抗えず、降参を行う条件を満たすことができない。


「ちょっと、いったいどういうつもり?」


「不服そうだな。こちらは勝利のチャンスを与えようというのに」


「負け戦をするほど愚かじゃないのよ。アンタは強い、たぶんだけど全能力値が極振りの奴らよりも上。鑑定が無くともアンタの行動がそれを証明してくれたわ」


「……ここはゲームだぞ。生死を賭けた争いでもないんだ。経験を積むって意味なら、ここは闘うべきなんじゃないか?」


(たしかにそれはそうだけど……コイツにそれを言われるのはなんだか腹が立つわね)


 思考が鈍っていたのだろう。


【思考詠唱】は、彼女の優れた頭脳を使い潰すだけのスペックを誇っている。

 使えば使うほど、酷使すればするほど脳を摩耗させる。


 常人が使えば廃人となる可能性を秘めた、才に値する力。

 それにまだ馴染まない彼女は、一度の使用で本来の彼女が持つ演算能力の大半を労費してしまう。


 人並みの思考は可能だが、それ故に偏った回答しか出せなくなるのだ。


 しかし今、巧みな魔力操作すら可能とする少女の感知能力を超えて──心身を癒す魔法がかけられている。


(……使いすぎみたいだな。スキルを習得して調べてみたけど、完全にこいつのスペックで使えるギリギリの仕様だ。最初に終わらせようとして、最大数を出してたのが拙かったみたいだな。進化させといてよかった)


 治癒魔法──“心身治癒(グランドヒール)”。

 精神と肉体を同時に癒すこの魔法で、男は少女を癒した。


 これによって正常な思考を取り戻した彼女は、本来の目的を兼ねて条件を出す。


「いいわ。ただし、貴方は空間魔法を使いなさい。これが条件よ」


「え、そんなんでいいのか? なんだったらその上──時空魔法もあるぞ?」


「理論上はあるって聞いたことあるけど……経験値が溜まったのかしら? それとも別の習得条件があって達成した? 固有スキルに疑惑があるんだからそれも強ち間違いというわけじゃ……」


 癒された思考をフルに稼働させて自身の理論を究明する少女。


 男は慌てて魔法を重ねて発動していく。

 結果冷静になるものの、安定させた思考は変わらず闘いを求めた。


「な、なら、時空魔法に変更よ。全力を見せなさい」


「全力、全力ねー……ま、いっか。それじゃあ準備しようか」




≪──どうやら、お互いに一撃で決着をつけることに決まったようです。魔法特化の光魔法使いが勝つのか、はたまた奇策の中忍が面白いことをするのか……気になります≫


 司会の女性により、結界内で行われている事柄が判明する。

 互いに舞台の端に移動したと思えば、両者ともに体の力を抜いて棒立ちとなる。


 それらの動作が決闘のためのものであり、最大限の威力を誇る魔法を放つための儀式である──そう知った観客たちは盛り上がる。


 簡単に見れることではない、互いに全力を尽くし行われるぶつかり合い。

 常時では上がれない者でも、祭りの熱気に呑まれて歓声を上げていく。




「では、行くぞ」


「ええ、いつでも」


 そして始まるその瞬間。


 両者ともに、溜め込んだ最大の一撃を互いにぶつけようと強くイメージしていく。


 魔法は強いイメージがあればあるほど、より強度な形で生みだされる。

 それらが己の中で明確に定まったそのときこそ──相手目がけて魔法を放つ。




「行け──“時空槍ディストーションランス”」


「……■■──“光槍(ライトランス)”(“闇槍(ダークランス)×5”)!」


 その場に出現するのは七本の槍。


 男が放ったのはうち一本──空間を歪ませる勢いで飛ぶ剛直な透明な槍。

 少女が放ったのは残り六本──口頭で唱えた強烈な光の槍を、五本の黒き槍が穂先を合わせて飛んでいく。


 そしてぶつかり合う強烈な魔法たち、魔力が反発し合い周囲に雷のような形で迸る。


≪中忍が放ったのは……時空魔法? え? なんでもう習得しているんですか! っと、説明説明。時空魔法──“時空槍”、霊体にもダメージを与えられる魔法でございます。

 対する光魔法使いさんが使ったのは……光魔法の“光槍”と闇魔法の“闇槍”。五つの闇槍が光槍を届けるための盾となり、中忍を貫くご予定なのでしょうか≫


 司会が解説することで、どうにか状況を理解する観客たち。


 一本と六本でありながら同等の威力であることに驚いていたが、そこにさらなる起爆剤が投下された。


≪──なななんとっ! 闇の槍に少しずつ罅が入っていく! そして破壊! 光の槍に時空槍が向かっていく!≫


 ほとんどの者が初めて知った時空魔法という存在、たった一本の槍が槍すべてを破壊していく様子がその凄まじさを証明する。


 ──それと同時に、闘いの終わりを観客たちに魅せていた。


(槍が砕ければ守る物は何もない。ムキに全魔力なんて使わずにとっておけばよかったのかしら? けど、決闘なんだからブーイングの嵐よね)


 この一連の魔法にMPのすべてを消費していた少女は、向かってくる時空槍を防ぐ術を持っていなかった。


 ギリギリまで魔力を籠めていたせいか、避ける時間もない。




 少女自身が諦めた、観客もまた勝敗が着くと思っていた──しかし男だけはそう考えてはいなかった。


「──“■■■(■■■■■■カー)”っと」


 槍よりも早く少女の元に向かった男は、自らが放った槍に向けてそっと掌をかざす。


 ──魔法はその中へ吸い込まれ、静寂が辺りを支配する。


≪ど、どういうことだ? 勝利を決めたはずの中忍選手が庇って──おっと、ここで闇魔法でこちらからの視界を遮った! いったい何をする気だ!?≫


 司会が状況を叫ぶ最中に、男は周りから自分たちが見えないように偽装を行う。


 闇魔法で四方に壁を作って周りからこの後の展開が分からないようにしていく。


 それに怯えるのは少女だ。

 隠蔽工作を行ったその中で、男がいったい何をするのか。


 心の中で震えながらも、活を入れて気丈に振る舞い尋ねる。



「何なの、いったいどういうつもり?」


「今の俺のスキル、もし聞こえてたなら内緒にしておいてくれないか?」


「……はっ?」


「可愛い女の子が傷つくのが嫌でとっさに無効化しちゃったけど、ついうっかりでさ。できるなら秘密にしておいてほしいんだけど」


(え、えっと……つまり、この後の試合に差し支えるから言うなってことね。それより、わ、私のことを可愛いって~~!?)


 思考速度の違いからか現実世界において理解してくれる者が少ない少女。


 同年代に友人と呼べる者は少なく男の友達など一人もいなかった。

 恐れられているからか、ふざけた男子からの告白なども体験したことのない初心な少女なのだ。


「そ、そそ、そう。わ、分かったわ……私の負けなんだし、従うわよ。闘技大会が終わるまで隠しておけばいいのよね?」


「ん? まあ、そうだな。できるならずっと隠していてもらいたいが……それは高望みだよな。とりあえず、隠してもらえれば充分で御の字だ。ありがとな」


 少女の手をガシッと握り、ブンブンと振っていく男。

 初めのうちはとっさのことに緊張していた少女も、それがいつまでも続き苛立ちを感じ始める。


「長いわよ! いつまで手を握っていれば気が済むのよ!」


「できるならいつまでも、この感謝の気持ちがお前に伝わるまでだな」


「…………気持ち悪っ」


「ごふっ!」


「もう少し顔を整えてから出直して来なさいよ。あ、ゲームの補正でも直せないんだからどうしようもないわね」


 少女はそう言って、闇が晴れた舞台から降参を行って退場する。


(つ、つい言っちゃったわ。途中までは抑えられたんだけど……不思議な感覚。これって怒りよね、たぶん)


「つ、次会う時は……絶対に負けないんだから……」


 自分の感情を勝手に決めて納得する少女。

 ただ一つ言えるのは──そのときの彼女は男にいっさいの不快感を覚えていなかった事だけだ。


≪勝者──中忍でございます!≫


  ◆   □   ◆   □   ◆


「こ、心が折れるところだった。まあ、緊張が解けたみたいだったからいいけど」


 この闘技大会がHPじゃなくてメンタルで勝敗を着けるタイプだったら、間違いなく最後の言葉で俺は死んでいただろう。


 (攻撃無効)なんて関係ない、一撃必殺をくらっていたよ。


「だ、だがそれでも【思考詠唱】が手に入った……ぐふふっ。明日までにものにしておかないとな」


 闘技大会は明日から準決勝らしく、それ以降のプログラムは明日になるそうだ。


 能力のテキストを見て確信した、【思考詠唱】があるだけで俺の生存力は飛躍的に向上すると。


「さて、さっさと始めるか」


 すぐさま時空魔法“時空転移(ワープ)”を発動し、修練を重ねに向かうのだった。



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ドライが無いこの子可愛すぎて浄化されそう。
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