偽善者と橙色の学習 その06
三階層になると、ようやく目に見えて本の数が少なくなってきた。
その代わり、本棚が迷路のように道を阻むように並べられるように。
本棚は大きく、道幅も戦闘ができる程度には広いので普通の図書館よりはデカいけど。
三階層でこれなのだし、四・五階層がどうなっているのか興味深い。
俺とアンはすぐ本棚の上に立ち、それっぽい雰囲気を纏う。
気分的には水平線や砂漠の果てを視ようとする、アレと同じような感じだ。
「迷路の答えをいきなり見るって、ルール的にどうなんだろう?」
「あくまでこれは、次の階層に向かうために行っていますので。試練とは何ら関わりがありません」
「ヒントはドロップ……してくれるかな?」
「どうでしょう。過去の記録において、ヒントが一個体から複数落とされたことが無いので、参考になる情報がございませんので」
強制オールドロップを可能とする魔武具があるからこそ、これまでは瞬時にヒントを集めることができていた。
しかし五階層中の三階層ともなれば、さすがに一味や二味ぐらい面倒臭さが増すものだと俺の勘が告げている……というか、俺なら絶対にそうするし。
魔物の気配は、そう遠くない場所に。
それが本棚の上に立っているペナルティかどうかは謎だが、本棚から勝手に飛び出した本が近づいてきていた。
「あれは……『飛本』か?」
「いいえ。あれはシンプルに、『騒霊』たちが本を操っているのです」
「えー……それっていいことあるのか?」
「単純に戦闘能力が高いこと。本の核部分に関わらず活動可能なうえ、本に記された能力の一部が行使可能な部分ですね。要するに、霊体をどうにかせねば本は止まりません」
それでは、本から何かをドロップすることは無いだろう。
どうやら来ているのはすべて騒霊だけではないようなので、ソイツらを狙おうか。
森弓術そのものに、残念ながら霊体干渉を可能とする機能は搭載されていない。
しかし、ユラルに用意してもらった種の中には、それを可能とする物が含まれている。
本が飛んでくる中に、混じっていた何にも憑りついていない騒霊の個体を見つけた。
ちょうど良かったので、実験をするためにソイツに攻撃してみることに。
「セット──『霊包樹』。武技“植矢”」
番えた矢が騒霊の下に向かっていく。
霊体であるため、本来物理攻撃である矢の一撃は当たらないはず……なのだが、それは騒霊の中へ吸い込まれていった。
すると、霊体は内部から膨張し──破裂。
中から飛び出してきたのは、樹木を構成する根やら幹やら。
先ほどの『吸血木』と、それから起きたことは同じような感じだ。
枝を伸ばし突き刺して、そこから養分としてナニカを吸い上げていく。
ポトリポトリと落ちていく本を調べ、やはりドロップアイテムは別かと落ち込む。
霊体からドロップする可能性もあるが、やはり別の場所にあるのかもしれない。
「……迷路、ちゃんとやってみる?」
「となれば、まずはお手を拝借」
「…………拍手でもするのか?」
「いえいえ、何を仰られているので? 当然手を繋いで迷路を進むのです」
何が当然なのか、世界の因果律にでも問いたくなってくる。
まあ、シンプルに繋ぎたいからとでも言われれば折れるのはどうせこちらだ。
差し出された手を掴み、包み込む。
熱を帯びていないひんやりとした手だが、それでも俺の熱量は増大していく。
「……物凄く恥ずかしい」
「ふふっ、今のメルス様はただのメルス様ではございません。森人の、美形が多いと評判な勝ち組種族でございます。これくらいは、やっても問題ないかと」
「そ、そういうもの、なのか?」
「はい。信じてください」
下の……上辺りだと思う(願望)俺の容姿で、アンのようなスーパー美少女と手を繋ぐのはやはり慣れない。
他の眷属とも似たようなやり取りばかり。
何度反省し、改善しようとし、再び振り出しに戻っているのか分からない。
「わたしたちは、そういったメルス様の反応も大変喜ばしく思っております」
「……そうあれと望んだからか?」
「武具っ娘やわたしなどはそれも一因かもしれませんが……他の眷属の面々は、一人ひとりに真剣に向き合おうとする姿を好意的に受け止めております」
「恥ずかしい……あーあー、恥ずかしい!」
大声で誤魔化そうにも、アンの賛美は全然止まってはくれなかった。
バラしちゃっていいのか? と途中で抑えてみようとしても、一蹴されてしまう。
「共通の見解ですし、何より言わなければ伝わらないのがメルス様ですので」
「おいおい、俺をそんな鈍感系主人公みたいに言うのはやめてくれよ」
「でしたらメルス様、これくらいのことは軽くやってのけていただければ」
「うぐ……ぜ、善処してみます」
流れでやるのは嫌なので、そこはアンのことを考えて決断する。
……とはいっても、手を繫ぐか繋がないかの些細な話ではあるが。
「では、さっそくヒントを探しましょう。すべてこのアンに、お任せください」
「弓、使えなくなっちゃったもんな」
指の一本一本を絡めているこの状態から、おそらくアンは俺を解放しないだろう。
俺もそうしたくはない……正直になって、今はアンにすべてを委ねてみようかな?
霊包樹:本来は霊体のエネルギーと共存することで生きる術を得た樹木(霊体は意識が希薄になって消滅しなくなり、樹木はエネルギーで生き延びる)
……のだが、とある偽善者が吸血木との配合を行った結果──共存相手を啜るような存在となった
(なお、その後木の根っこに叩かれたとか叩かれなかったとか)
p.s.
最近、いろいろと感想が来ることを喜ぶ作者です
内容はともあれ、構ってもらえています……そんなちょっとアレな作者です
作者のことは嫌いになっても……作品のことは嫌いにならないでください!





