偽善者と東への道のり 後篇
偉大な海へボンボヤージュ!
意味はなんだっけ……旅に関する言葉だった気がするが、まあそれはどうでもいいや。
シガンが[アイテムボックス]から引っ張り出した全装帆船に、俺たちは乗っている。
出航許可証を得てから、彼女たちからすれば一日経過した数日後のことだ。
燦々と照り付ける太陽がジリジリと身を焦がす中、俺は舵を握り全装帆船を操り海を駆けていた。
「うーん、進路はこっちだよねー」
風属性の派生である雷属性。
その魔法の一つ“電磁羅針”の効果で、脳内で自分の向く方向がどこなのかがスッと理解できる。
「意外と風属性って便利だよね。派生も込みでの考えだけど……」
形を持たないうえ、物理的に存在しない。
だからこそ自由自在に操るイメージが行いやすく、扱いも簡単にできる。
見えないからこそ見えるモノがある……意味は違うが、似たようなものだろう。
「メ、メルちゃん? す、少し速すぎではありませんか!?」
「意外と三つあったのがよかったのかもね。多少無茶をしても、直す間も別の帆に力を注ぐことができるから」
「だからって……どこの海賊船ですか!」
「あははっ、コーラは使ってないよぉ」
船そのものに強化を施してもらって、限界ギリギリまで飛ばしている。
さすがに空は飛んでいないのだが、それでもエンジンを積んだボートよりも速度は出ていると思う。
風魔法で帆に強烈な風を送り、破れる寸前まで張らせている。
お蔭でミシミシとロープが喰い込んでいるが……というか、もう時々破れているけど。
そんなときは<物質再成>で強引に元の状態に戻し、再び使用可能な状態にしてすぐ風を送り始める。
だからこそ、全身で風を感じる……なんて思う暇がないほど、船は進んでいく。
「魔力を籠めていれば、その間に轢き殺した魔物の経験値はますたーたちに行くしね。一石二鳥とはまさにこのこと、いやー我ながらいいことを考えたと思うよ」
「……ちょっと引いちゃいます」
「ますたーの、そういうことをちゃんと言うけどあんまり引いてないとこ、私はとっても気に入ってるよ。ダウンしているみんなは、今どうなってるの?」
「…………ハッ! え、えっと、みんなメルのことを恨んでましたよ! まったく、耐性スキルを習得した意味も無いぐらい飛ばしているからですよ!」
酔い耐性のサポート限界を超えて揺れているせいで、クラーレとシガン以外は全員個室の中で大人しくしている。
前回は茶目っ気溢れるコパンも平気で乗れていたのだが……限界があったようだ。
そんなダウンした少女たちの怒りを受け継ぎ、クラーレは顔を真っ赤にして俺を叱りつけている。
速く行きたいという要望に応えたつもりなのだが……モノには限度があるようだな。
「ますたーが治すわけにはいかないよね?」
「できるなら耐性のレベルを上げたいみたいです。前回の酔い耐性で感覚を掴んだ結果、現実でも少し酔わなくなったようで……」
「三半規管が頑張ったんだね。うん、そういう理由なら仕方ないか」
「なのでこの速度も、酔いには恨みがあるけど完全に恨み切れてはいないみたいです。もしかしたら、現実で怖いものが無くなると考えているのかもしれません」
まあ、自分から絶叫系に挑みでもしない限り、この船のように酔うような乗り物はそう多くないだろうし。
なるほどたしかに、スキルの反映にはこういう例もあったのか。
「ところでメル、あとどれくらいすれば東の大陸に着くのですか?」
「先にエリアボスとの戦闘があるし、それを突破してからだね。これは……どうする?」
「できるなら、メルの助力なしで突破したいですね。この船にはいくつか大砲が用意されていますし……準備はできています」
「そうだけど、難しくない? 海のエリアボスは、大陸に居るヤツよりも強いよ」
海の中は魔力の濃度がアニワス戦場跡同様にとても高く、生息する魔物は深海に近ければ近いほど強力な存在となっている。
そんな奴らに負けないように設定されたからか、海のエリアボスはだいたい強い。
「それでも……頑張ればいけます」
「うん、頑張ればね。だけど、その頑張るにはすべてを費やしたら、という注釈が付いていることを忘れないでね」
「……固有スキルですか?」
「そういうこと。処理には耐えられると思うけど、戦うなら全員を一気に治さなきゃいけないときもあるかもしれない。もう少し、強くなってからの方がいいかもしれないね」
しかしそれでも、クラーレは頭を縦に振らずジッとこちらを見つめてくる。
何をしたのか、それはすぐに伝わってくるが……どうしたものやら。
そんな風に舵を操りながら悩んでいると、大陸の発見を頼んでいたシガンが一度俺たちの下までやってくる。
「大陸が薄っすらと見えてきたわ」
「そっか、ありがとう。ますたー、どうやって大陸に行く?」
「……速度を落としてください。シガン、戦闘準備をしてもいいですか?」
「分かったわ。メル、悪いけど船が転覆しないように支えていてね。たまにはちゃんと戦えることを見せたいから」
シガンはウィンクをして、他のメンバーたちを起こしに向かった。
クラーレも覚悟を決めたのか、強い意志を宿した瞳でこちらを見ている。
「──メル、もうここのエリアボスを倒していますよね?」
「あっ、分かっちゃった?」
「一日空けてから出港しようだなんて言っていたので、もしかしたらと思っていました。それにメルスは過保護なので、強化体と闘わせるのはおかしいかなと思いますよ」
「それもそうだね。というか、海の強化体はレイドボスだからほぼ不可能なんだ」
ほぼ、というのは実例がここにいるから。
運営の仕業か運営神の企みか、阻む障害もとても強大であった。
なので今回、ギリギリ限界を超えれば勝てるであろう通常版との戦闘を促したわけだ。
──そして少女たちは、苦難を超えて東の大陸へ辿り着くのだった。
次回より、東国編開始です
他の作者の方々による世界観よりは情報量が足りない気がしますが……まあお楽しみにしてください
p.s.
ブックマークが地道に増えていることに感謝している作者です
気にしてくれている、ということだけでも嬉しいです
そしてここに評価も加われば……なんて思っています(チラッ)





