偽善者と一流
今話の登場人物
ティル(エ):(山)猫獣人の剣聖、思考の表層を視る眼を持つ
夢現空間 修練場
最上位職業に少しだけ【嫉妬】を覚えたものの、それが無くともある程度戦えていることでどうにかその想いを堪え、地道に修練することを選ぶ。
──職業を持つ、それだけで人族は格段に強くなれる。
現実において無職と中小企業と大企業で働く者たちに差があったように──職業に就く就かない、上位職に就く就かないで圧倒的な差が生まれるのだ。
「今の無職かつ自称偽善者な俺って、社会的にどれくらいの地位なんだろう?」
もちろん、俺の世界であれば神だの王だのと引き攣るほど高い地位を持っている。
だがそうではなく、多くの祈念者や自由民が住まうAFOの世界において……そう考えると、そこまで高くない。
「──師匠、どうなんでしょう?」
「知らないわよ。第一、いちおう向こうの世界だと学生なんでしょう? なら、あなたはどこに居ても学生なことに変わりはないわ」
「……そういえばそうだったな」
戦う気はないが、自身を鍛えることに関してはまだまだ向上意欲の火が絶えずにいる。
燃え盛る想いに突き動かされ、剣の師匠であるティルと打ち合っていた。
「というか、そんなこと考える必要ないじゃないの。社会的な地位を気にするような神経質な男だった?」
「……いや、違うけど」
「そう。私たち眷属の中に、メルスの地位を気にする人はいないわよ」
「なんか、それはそれで心にクるな」
プー太郎でも養ってあげる、あなたはヒモよと言われている気分になる。
実際無職なわけで、俺の星に回る金銭の一部を稼いでいるのも眷属だからな……。
「無職っていうなら、王女としての職務を放棄した今の私もそうなるわよ。この獣聖剣の担い手だって言ったって、実際にはただ人と迷宮の魔物を相手に、剣を振るっている無職でしかないわ」
「ティルはいいだろ、剣士って見るだけで分かる見た目をしているんだから。俺を見てみろよ、この風貌を見てどんな職種の奴だと思われるんだよ」
「……少なくとも、まともな生き方をしている人には見えないわね」
部屋着のまま木刀を振るう姿を見て、たしかに人はロクな生き方をしているようには思えないだろう。
髪もボサボサだし、服もヨレヨレになっている……魔法を使えばすぐに戻るけども。
「ちゃらんぽらんって感じか? けど、結構面倒なんだよな……時々誰かがやってくれることがあるけど、魔法ですぐにパッとやるのも味気ないし」
「味気なんて求めなくていいわよ。ならそうねぇ……私たちのために、着飾ってって言ったらどうするの?」
「そりゃあまあ、それなりに努力はしてみるつもりだが……お前たちに釣り合うだけの格好となるとほぼ不可能だぞ?」
一人ひとりが至宝とも呼べる輝きを持つ、美少女と美女なんだ。
どれだけモブが足掻こうと、麗しき寵姫たちには……おっと、思考しすぎた。
心が読める能力を持つティルは、表層の思考を読み取った結果──硬直してしまう。
そこが彼女のとても可愛いところだが、こういうタイミングでしか呟けないんだよ。
「おーい、大丈夫かー?」
「……誰のせいだと思っているのよ」
「ここはあれか? 誰のせいでもない、とか思っておいた方がいいかな?」
「なんとなく考えることが分かる気がするから止めて、本当に」
なら思考を切り替えよう……ふー、たしか着飾る云々の話題から、さっきの話まで派生しちゃってたんだよな?
つまり、俺の身形を整えておいた方がいいということか。
「そういうことね。けど、今のメルスに似合う格好は……正直浮かばないわね」
「外出用の服なんて、わざわざ買っていた記憶が無いからな。ジャージとか、普段着に見える寝巻きとかでいいだろ」
「ずぼらよ。もう少し、私たちと居る時ぐらい外でも整えていた方がいいわよ」
眷属とのデート、ぐらいの大イベントであればそれなりにちゃんと服を着る。
まあ、『虚絶の円套』を羽織るだけでそれなりに風格は出るけどな……さながら帝王の覇気を放てるし。
「変身魔法……は野暮だな。俺も俺として、可能な限り眷属と居たいし」
「メルはどうなの?」
「んー、あれってもう俺の一部って感じがしてきているし……正直慣れただろう?」
「まあ、たしかにそうね。お風呂の時なんかほとんどそれだし」
未だに絶えない侵入者……もう懲りろよと何度思ったことやら。
そのたびに超高速でメルになっていることもあり、変身魔法の扱いが異常に向上しているんだよな。
そんなメル云々はさておき、と言わんばかりに一度咳払いをする。
追及されると不味い気もするので、何か話すことは……ああ。
「──話題をいきなり変えるけれど、俺の剣術ってどんな感じ?」
「メルスだけの型が無い、という部分が目立つわね。私レベルの剣士が相手だと、一度でも二回目に使った動きがあったらすぐに突かれるわよ」
「まあ、真似はしていても達人の域までは達していないからな」
一流の動きを再現できても、ティルのような超一流の動きはできない。
同格の動きで対応しなければ、初見のものでしか相手として見てもらえないのが超一流の者たちだ。
俺の場合、持っている手札の数で勝負するしかない。
決して彼らと同じ領域には届かない、それでもどうにか手を伸ばした結果がこれだ。
「少なくともその手札の数だけなら、間違いなく超一流よ。動きがまだ届いていないのは問題だけど……神器が使えるならそれも補えるし。問題は、縛っているときに私ぐらいの相手と遭遇した場合よ」
「……要請している暇も無いってことか」
「逃げようにも逃げさせてもらえないわよ。空間属性のスキルか魔法を使っても、その揺らぎを破壊するぐらい簡単だし……相手を止めるぐらいの戦闘力を、すべての縛りに持たせておくべきよ」
「なかなかハードなご要望だな。まあ、師匠の助言だし……ありがたく参考にするか」
まずは剣術関連のすべてを、ティルの求める域まで達するべきだろう……だからこそのティルなのだから。
次回から、少しずつ物語が進む……かも?
誰がための物語──それは希望をもたらす焔の英勇伝
p.s.
嗚呼、なぜだろうか! 休みとはその身に憩いをもたらすはず……
だがこの身は休息の地を離れ、彼の地での拘束を強いられる!
[訳:休日なのに登校……面倒くさいな]
帰りに県庁所在地で買い物をする予定ですが、オーバーラップ関連の有償特典が買えるかどうかでどきどきです……どうして25日発売なのに、二日前に発売するというのだ





