1―13 父を被った父
宗方建設は、小さな従業員10人ほどの建築業だった。社長の宗方義夫はとにかく働いた。
しかし、仕事は下請けのまた下請けの、孫請けという有様だった。手元に来るまでに吸い取られた利益は、入れる封筒に負けるほど薄かった。
ある橋梁工事で、コンクリートの強度が最低強度(呼び強度)を大きく下回った。その中でも宗方建設にとっては大規模な工事だった。
設計者は予想される加重を見込んで、圧縮に絶えられる強度を決定する。それを呼び強度という。呼び強度を下回らないように割り増しをして、2割ほど強い強度を出すようにセメントをを増す。それが設計強度になる。
「生コンが悪いんだろ」
「生コン屋は標準採取した供試体の強度はかろうじて出てるから、養生が悪いと言っている」
養生とは打設から二十八日間、セメントの水和といわれる化学反応が確実に促進されるように、温度や湿度を保ち、振動を与えないことだ。せめて初めの七日間は目が離せない。
「あんなもの、作ろうと思えばどうにでも作れるだろ」強度が出なくて不合格でも、書類を簡単に改ざんできるということだ。
「役所が立ち会ってるんだよ」この数値は公的な立場のものが保障をしているということになる。強度測定試験に立ち会った証拠の写真が、黒板を前に掲げた官庁技術者とともに公開される。
コンクリートで造られた橋梁の一部を削り取り、コアという試験体を作る。が、何度強度の測定をしようが、結果は最悪だった。呼び強度の半分にも満たさなかった。大きな、クラックといわれるひび割れがみつかった。
補修どころの騒ぎではなくなった。マスコミにも公表された。
取り壊しの上に再工事という大打撃が襲った。
ミスの擦り合いが続き、足の引っ張り合いが起きる。
工期も大幅に遅れて各社の信頼は地をめがけて落ちて行った。結局は折半とはいっても宗方建設にとってその金額は今まで訊いたこともない破格だった。それが元で、得意先との折り合いも限りなく悪くなって行った。
銀行への借り入れの返答は挨拶をするよりも簡単だった。
当然のことを言うように「分からないのか? なぜ来るんだ」という、あからさまな顔をして断られた。
そうこうしているうちに元請けが不渡りを出した。続いて自己破産宣告を告げる。計画倒産だ。責任者は借金だけを残し、沼に逃がした蛙のように姿をくらました。
待ち望んだ工事代金は、約束でもしていたように次々と滞りはじめる。仕事をする以前に、生活することがその日の課題となってしまった。
妻の美佐子は38歳で、12歳宗方よりも若かったけれど、病弱でいつも入院と退院を繰り返していた。
健康状態は亜美を産んでから、心臓病を伴って更に深刻になった。入院費の支払いまでも滞っている。
とうとうサラリーマン金融にしか頼るものはなくなったのは、いつからだったか。つい先週のようだが、実際はもっともっと以前の・・・・・・1年以上も前の話だ。
その日、宗方義夫は美佐子の外泊許可を無理矢理とった。担当の医師が不満の顔をあからさまにしていった。
「どうしてもというのなら無理に引き止めるわけにもいきませんが、奥さんの体には相当負担がかかりますよ」
そばにいた年配の看護師も「奥様がかわいそうですよ」と同じことをいった。
1日だけだからと、医師や看護士がいぶかしむ中を病院から連れ出した。
市街中心から少し外れてはいるが、新しくできたショッピングモールのホームセンターは賑やかだった。人の絶え間がなく行きかうそれは、永久に続くように思えた。
亜美が「クリスマスみたいだね」と目を丸くした。こんな所にさえも連れて来てやっていなかった。
袋に入った炭と七輪とガムテープを買った。
亜美には昨夜のうちに言い訊かせてあった。
「亜美、明日は川原でハイキングだぞ」
「ハイキング、いくの? 」
「そうだ、バーベキューだってするんだ」
「わぁー! お肉? 焼くの? 」
「そうだよ。川でお魚だって釣るぞ」
「お魚釣るの? おとうさん、釣るの? 亜美も釣る! 」
「だから、アイスクリーム食べたら早く寝ような。お母さんも楽しみにしてるぞ」
「うん」
亜美は、母親と外に出るのは初めてだった。母親のことでごねた事は今まで一度もない。何をするのも一人でこなし、いつもひとりで遊んでいた。
「ごめんな。亜美」
「う・・・・・・ん」
亜美の寝顔を眺めていると、このまま眠ってしまうのが勿体なかった。いつまでも天使のような寝顔を眺めていたかった。
亜美が急にびくっとして寝返りをうった。自分の落とした涙の粒を邪魔そうに拭いた。
タオルケットで拭っても拭っても、溢れ出てきた塩辛い液体は、止まろうとしなかった。
「ごめん・・・・・・」
宗方義夫にはもう、考えられる策はなかった。財産と呼べるものはマイナスのものしかない。生も根も、未来も、全てを使い果たした。最初、亜美だけはと懇願していた美佐子も、もう何も言わず泣きながら頷いた。
「わたしの体が。このポンコツの体が」自分の弱い体が憎いと布団に顔を埋めた。
宗方義夫は今にも折れそうな妻の肩を抱き、かろうじて動く指先で背中をさすった。
「三人で。楽に、なろうな・・・・・・」
釣具店で一番安い釣竿を買った。ラインと針と、餌はそこにいる虫でも付けようと思う。バーベキューの前に、まだ明るいうちに、楽しげな亜美の顔を見たかった。
宗方は美佐子の腕を抱えて横断歩道を渡り終え、振り返って亜美を待っていた。
亜美は途中、繋がれていた仔犬の頭を撫でていたために遅れた。
頑丈な体格の、短髪で誠実そうな青年が真っ直ぐにこちらを見て歩いてくる。亜美はちらりと彼を横目で見て、急ぎ足で追い越したその時、ダンプカーは意志を持ったように、目掛けるように突っ込んできた。
とんでもない大事故が起きた。
亜美はその時、非番の警察官だった中村伸太郎の命と引き換えに救われた。そして、父の手からも・・・・・・救われた。
サラ金の取立ては容赦がなかった。
亜美の病室までにも押しかけてきた。
「宗方さん。困るなあ」
「す、すみません。すみません」
「すみませんって、なあ。何回いったってなあ。1円にもならねえんだよ、こら! 」
声を荒げられ、わざと目立つように待合室に呼び出して、人の前で懇願させる。
「なんとかしろよ。ああ? 見舞金もねえのかよ」
「ないんです」宗方は冷たい廊下に土下座する。顔全体を擦りつける。
名古屋の妻の姉の嫁ぎ先に用立てを頼んだが、前に借用したした分は全く返していないので、何万円かの見舞い金を送ってきただけだった。
二ヶ月を過ぎた頃、もうとっくに使い切ったはずの恥を忍んで、恩人のはずの、今は夫の伸太郎がいなくなった、中村久美の家へ向かった。頭を床にこすり付けてでも、とにかく頼もうと思った。
「お金をお借りできないものか」と。そんな筋合いでない。
気違いじみた申し出だと言うことは重々過ぎるほど心得ている。しかし、もう、知っている人といえばあなたしかいない、と。
もう、目の前にあるものは藁であろうと、足の裾であろうと、何であろうと、見さかえなどない。
とにかく頼んで頼んで、頼み込むことしかなくなった。口が渇き、舌は割れた。
しかし、その夜。宗方がいくら待っても、まだ悲しみも癒えない久美のアパートの居間の灯りが点くことはなかった。
最後の一滴の希望は急に腹立たしさに変わっていく。きバチッと聴こえぬ音をたてて蒸発した。そして気化した容積は何百倍にも膨れ上がり、限界を超した圧力は、自分の中の何かの鈍く光るスイッチに触れた。
体だけが動いてしまった。宗方は震える足元の砂利を投げつけていた。
何個かの窓ガラスに当たる音が、名指しをするように追いかけてきて、バンバンと響いた。
3日後、美佐子が帰らぬ人となったことを、亜美の病室で知らされた。
悲しむ前に一人分楽になったと、返って安堵する自分がいた。俺は悪い奴か? だからどうした? 「もう、どうでもいい・・・・・・」と、もうひとりの自分が力なく叫んだ。
どれほど経っただろう・・・・・・?
汗が梅雨のように流れている。これだけの汗だから、きっと走っていたのだろう。
気がついたときは、灯りが点いている久美のアパートの窓へ、思い切り拳ほどの石を投げつけていた。まだこんな力があるのか?
確かに「割れろ! 」と願って投げつけた。
▽
次の日、久美は函館を出たと坂口刑事から訊く。
そうさせたのは、宗方義夫以外の誰であろうはずはなく、すまなさと、ふがいなさと、情けない自分にスコールのように嫌気が叩きつけた。
その瞬間、激痛と共に頭の遥か奥のほうで「ぷつん」と何かが途切れた。
くも膜下出血だった。
植物人間の状態が1年続き、宗方義夫は強い雨の降る日の午後、亡くなった。
札幌の久美に電話をしたのは、刑事の坂口だった。
「一応、教えておくけど。あの、宗方さんの娘さん。亜美ちゃん。名古屋の親戚へ引き取られていくことになったよ」
「そう、あの子、元気になった? 」
「いや、事故の日から変わらない。あの日のままだ。俺、声も聴いたことないぜ」
「名古屋の人達は、いい人なの? 」
「そりゃ、親戚だから・・・・・・」坂口が口ごもった。職業上の感だ。よくはない。
(いくら遠いといえど、一度も見舞いに訪れない叔母が障害のある小学生の少女を、大事に育てることが出来るのだろうか・・・・・・? )