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1―12 自分の操り方

 よくもまあと、僕はあきれる。

 それはそれは鮮やかな手品のように現れては、将棋盤に駒を置くようにダイニングのテーブルにきちんと整列させていった。

 冬眠用の餌をせっせと蓄えていたリスの巣に手を突っ込んで掻き出すように、亜美の大っきなトートバッグと、もっとでっかいショルダーバッグから出てくる「もの」は留まることを知らないようだった。

 久美さんの目も驚きを映しながら、湧き出すように出てくる物を追いかけては、わーわーと手を叩きながら歓声を上げている。

「今日はスキヤキですよぉー」亜美が勝ち誇ったように、卵パックと春菊の次に顔を出したロ−ス牛肉のパックを持ち上げた。


 僕は勝手に、途中で久美さんに放っぽり出されたポットのコーヒーをいで、運動会の景品係りのように、軽妙に楽しそうに動く彼女たちを眺めていた。

 しかし、と僕は首をかしげてしまう。

 その「すき焼き」という料理の食材にスナックだとか、チョコレートだとか、ティラミスなんかはどう当てはまるのだろうか。

 スキヤキののそれよりは、完全に品数でまさっているスイーツ類の袋や箱を、久美さんも興味津々に身を乗り出して「ある」、「ない」と言って仕分け始めた。駄菓子屋か?!


「ある───」は食べたことが、ある。なにかそれが勝ち誇ったように聴こえてくる。

「ない───」はまだ残念ながら未経験。だから、ない。

「ない」ものの中でも特に『興味がそそられる度』の高い順番に、遠くから手前に向かって並べられる。

 必然的に両者の意見の交差はまぬがれない。その場合は同じ位置に「同点! 」みたいに置かれることになる。

「ある」のグループは「食べた! 」という誇りに満ちた経験値が積算されているので、案外スムーズだ。お気に入りの得点の高い順番に並べている。

 ・・・・・・のだと思う。


 その時点で僕の存在は完全に忘れ去られていた。ということになるか。

 2杯分のポットのコーヒーは、この残りひと口で、もう僕に美味しく頂かれてしまった。


 並べ方に決着がついたのか、亜美が首を上げ、僕をみて言った。

「洋兵さん、って呼んでもいいですか? 」口の中には、何かが入っている。

「うん、何でもいいよ」

「洋ちゃんじゃ、あんまりだし、そうしよ。洋兵さん、ね」


 言葉はなくても、同じ場所にいるという実感は、僕と久美さんと亜美とをつなぐ三角形を、自然に親しみという方向へ形を変えていくように小さく、近づいていった。

 少しづつ、少しづつ、が加速される。

 慣れてきたのか、いつもの空気が循環し出したのか、硬さが取れてふんわりとした温度に包まれ出した。


「ところで・・・・・・」と、僕はどちらに言うでもなく質問を投げかけた。

「それ、どっちの順番で食べるの? 」整然と並べられたスイーツの敷物を僕は指さした。

 答えを訊いて、驚いた。びっくりした。


 食べる順番などない! ただ、並べただけだ。

 解決されない、結果を求めない時間を楽しんだのだった。


 きっと。作戦なのだ。

 わざとたくさん買ってきて、わざと最初に荷物を広げたのだろう。

 亜美は初対面では、人見知りをしてしまう自分を知っていた。その違和感が居座る時間が行き過ぎるまでの対策を立てていたのだ。

 スイーツいっぱい「ある」「ない」作戦・・・・・。



     ▽


 

「久美ちゃん、これお釣りね」

 と言いながら亜美がカウンターに置いた硬貨や紙幣は、一目見るだけで合計金額が分かるように並べられて、長いレシートと一緒に置かれていた。

 その横には上がピンクで下が白の、曲線を意識した携帯が並べられた。今では大抵が必需品の携帯だが、亜美にとっては何かの緊急には、命綱ほどの威力があるだろう。

 ストラップと一緒に小魚そっくりのスプーンの頭のような飾りが、虹色を真似て光っている。久美さんの携帯にも、そういえば同じように同じ物が光っていた。伸太郎さんがくれたお守りだ。

 今更ながらに感心するのは、この荷物の重さはこの少女にしてみればどんなに重労働だったことかということだ。いくら駅から近くても、大人でも大変だったはずだ。

 ドアホンが鳴った時、久美さんが見せたあの笑顔は、安心がそうさせたのだろうと、そのとき思った。

 

 亜美の水色に白いストライプが入ったエプロンの紐は、左右対称の美しい蝶結びで最初から結ばれてある。

 それをズボンを穿くようにして、着る。紐を首にかけて、エプロン姿ができあがる。


 15歳の年齢差は親子にしては近い。ちょっと離れているけれど姉妹にしておこうか、と。言われてもいないし、訊かれてもいないことを考えながら、キッチンの気の合った2人のやり取りする動きを見つめた。



「ローランド・カ−ク、聴かせてもらってもいいですか? 」

 と、僕は立ち上がった。

「好きなもの、ご自由にどうぞ」と久美さんが、まな板を叩きながら言った。

 コンポの電源を入れると、上品なLEDが青く点灯した。

 CDのケースを割るようにして開けると、ディスクが入ってなかったので、プレーヤーに入ったままだと思い、確認せずにプレイボタンを押した。コツンと指に伝わる凹み加減が心地よかった。

 乗りの良い軽く軽快なサキソホーンの音色が響いた。透明度が一番いい日の渓流の水で体を洗われているようだ。

 ジャズのテンポに合わせながら、他の何枚かを手に取る。色々だ。ニューミュージック、洋楽、ポップ。ジャニーズは亜美のだろう。

 

「この人。目が見えなくても、この演奏はすごいよね」

 僕の言葉が終わらないうちに、亜美が「うん! 」と言った。

「・・・・・・ということは、僕も亜美ちゃんも、同じようにすごいんだよね! 」

 久美さんと亜美が同時に振り向いて「亜美って呼んで」「亜美って呼んで」と、

 ユニゾンで言ってから、二人は顔を見合わせてびっくりして笑いだした。


 これでもか。

 というほど並んだ食卓は大晦日並みだった。

「ちょっとー」と僕の目は点になる。「綺麗で華やかだけど、3人で食べきれますかね? これ。相撲部屋じゃないんだし」

「大丈夫」亜美が事もなげに言う。

 そして久美さんも、これから記録に挑むリフティング選手のように、すぼめた口から息を吐いて言った。

「入る入る。なんぼでも」

「なんぼでも? 」「なんぼでも ?」今度は僕と亜美のユニゾンになった。

「いくらでも、よ」

 僕は何処かで聞いた言葉だと思いながら、亜美と顔を見合わせて笑った。


 僕は食が細くて、一度にたくさんは入らない。今までの習慣がそうさせた。足にかかる負担をなるべく減らすためだ。体重の管理には神経を使った。

 だからすっかり小さくなってしまった胃に、久美さんと亜美が交代で装ってくれる皿は、はっきりいってありがた迷惑ではあった。分かっていて、ふつうの顔で仕掛けてくるのである。

 亜美は器用に左手だけで、箸を使い、フォークに持ち替えて、スキヤキの肉やサラダやご飯も次々たいらげる。

 もし、両腕があったなら亜美は4本分の手先の機能で仕事をこなすだろう。頭に直接手足が生えているような機敏さだった。


 他愛もない話が続く。

 久美さんと亜美の間には、僕の知らない話が山ほどある。

 久美さんが亜美を2度殴った日。あの日の夜行で久美さんは亜美を札幌へ連れてきた。めちゃくちゃな行動に、坂口刑事もほとほと手を焼いたらしい。

 それまでは2部屋だった安アパートを引き払って、マンションを買ってしまった。この場所で今を暮らしている。

 久美さんは言った。「亜美は、大学を卒業するまで、伸太郎の退職金で育てる」と、だから亜美は伸太郎が育てているんだと。

 だから亜美は恩を返さなければならない。伸太郎に。

 だから。「腕がないから」なんて言ってはいられない。大学を卒業するまで、あと9年だ。


 亜美が言った。私の傷は体についた。でも久美さんの傷は全部心についてしまった。いちばん苦しくて悲しいのは久美さんだった。はずだ。

 僕は「だった」と言った亜美に、これからの光を見たような気がした。





※「ユニゾン」は、同じ高さの音が2つ以上存在していることをいいます。

あの双子の「まなかな」姉妹が同時に話す、みたいな感じでしょうか・・・・・。

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