死霊騎士の昇天
シグルドと死霊騎士ヴィーザルが激突した音は、静寂を常とするヴァルムンクの王城にも響き渡った。
そのボロボロの廃墟の深奥、数多くの調度品に飾られた部屋で、壁に架けられた赤ん坊を抱く、貴婦人の肖像画を眺めていた一つの存在が、その絵に語りかけるように呟いた。
『また、招かれざる客人が来たようだ。ヘカーティア・・・少し行って来るよ』
その存在は、壁に掛けられていた剣を掴むと、魔導装甲を起動させ、赤いマントを羽織ってその部屋を出て行った。
それと時を同じくして、ヴァルムンクの王城の前では、一つの奇跡が起きようとしていた。
『こ、これは?』
ヴィーザルは両断された己の槍と、袈裟がけに斬られた鎧を見ていた。
斬られた箇所から光が溢れ出し、それが全身に広がりつつあったからだ。
『一体・・・?』
そう言いながらヴィーザルの身体は、ゆっくりと崩れ落ちた。
ガシャン!と音を立ててバラバラになる魔導装甲、その中に在った死霊騎士の骨で出来た身体は、灰となって消え去ったからであった。
しかし、その場に、未だ存在しているものがあった。霊体のみとなったヴィーザルが、生前の姿で立っていたのである。
『奇跡・・・なのかこれは?』
そう言って、二人の決闘を見ていたアルベリヒは、シグルドの剣が起こした奇跡に驚愕していた。しかし、シグルド自身も、自分の振るった剣の引き起こした事態に驚いているようだった。
『やはり彼こそが、約束の者。』
ヴィーザルはそう言って静かにアルベリヒを見た。
その表情に、最早、この世に憂いは一切無いというかのような笑みを穿き、空を見上げて、アルベリヒに厳かに告げた。
『友よ・・・先にヴァルハラへ参る。後は頼む。』
霧を切り裂いて、空から一筋の光がさし、ヴィーザルを包み込むと、彼は天に向かいゆっくりと昇天していった。ヴィーザルが雲の中に姿を隠すと、光も共に消え去って行った。
「どうなってるんだ?」
シグルドは、自分が何をしたのか分からなかったが。
『・・・あなたの勝ちです。』
アルベリヒが静かに、シグルドの勝利を宣言した。
『一体、どうやったというのですか?』
「奴の力を利用した。切っ先を逸らしそのまま斬っただけだ。後のアレは知らん!」
『なるほど・・・時に、なぜあなたはここに来たのか、今一度詳しく聞かせて頂いてもいいですか?』
何故、それほどまでに死霊騎士がここに来た理由に拘るのか、分からなかったが、シグルドは懐から導きの宝珠を取り出し、それを見せながら答えた。
「この宝珠に導かれてここにやって来た。なんでも、俺の行くべき道を指し示すらしいんでな。光は王城の中を指し示している。邪魔をすると言うなら押し通るしかないが、どうする?アンタもやるかい?」
そう聞いて、アルベリヒは考え込んでいるようだったが、顔を上げて言った。
『付いて参られるがよろしい。』
そう言うと、シグルドを先導し歩き始めた。
(やれやれ、流石に先程の光景には度肝を抜かれたが、もう何が出て来たとしても驚くことは無いだろう・・・)
そう思ったシグルドだが、これがまだ序の口であることを、すぐに思い知らされることとなるのであった。
ヴァルハラは北欧神話で言うところの、天国のようなものです。