炎
自分達に、破滅をもたらす炎の竜が向かって来ていることなど、露ほども考えていないホグニ伯爵は、中庭に出て私兵たちを鼓舞していた。
「さあ!酒も報酬も、たっぷりと用意した!諸君!今宵は存分に働いてもらうぞ!!」
「「オオーーーーーーーーー!!」」
ホグニ伯爵の私兵たちは、そのほとんどが、貴族の三男や四男である。
家を継ぐ可能性の薄い彼等は、貴族派の筆頭であるホグニ伯爵の恩恵に与ろうと、集まってきた者たちなのだ。
プライドが高く、平民達に対するその悪逆な仕打ちから、悪騎兵団などと呼ばれ、ミズガルズでも扱いに困っている集団であった。
しかし、そんな彼らの頭上に、着実に破滅は近づいていた。
炎竜ヴァルカンは、自らの獲物に向かい、恐ろしい勢いで飛翔していた。
『愚カナル人間ドモメ!裁キノ炎ヲ喰ラウガイイ!!』
そう言うと、ヴァルカンは自らの中にある膨大な魔力を、練り上げ始めた。
竜とは、魔法生物である。
この世界において、全ての生物の頂点に立つこの生物は、竜核という心臓ともいえる器官を持っており、その属性によって、その生態も変化する存在であった。
竜核より放出された、炎の属性の魔力が、肺を通じて一気に気道に流れ込み、その顎門より吐き出された。
巨大な炎弾は流星となって空を翔けた。
最初に気が付いたのは、歩哨に立っていた兵士である。
皆が英気を養う酒宴から外され、不貞腐れていた彼は、空を何気なくみていたのだが、その一点に、月にしては小さく、星にしては大きい赤い光を発見した。
「なんだ?ありゃ?」
そう思った次の瞬間、赤い光は、どんどん巨大になっていった。
他の者が、気付いたのはこの時である。
それは、まるで夜明けが突然やって来たような煌きであった。
ホグニ伯爵もまた、その輝きに気付き、目を細めた。
カッ!!!
チュドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!!
ホグニ伯爵の別荘に着弾したヴァルカンの炎弾は、一瞬にして全てを薙ぎ払った。
爆炎は、地上に存在していた兵士達を、消滅させ、大地を抉った。
そして、巻き上がった爆煙は、巨大なキノコ雲となった。
その振動は、大地を伝い、ウルザブルンにも届いた。
「いったいなんだ!こんな夜中に!!」
ウルザブルンの住人達は、その音と振動によって、就寝より叩き起こされた。
ジークフリート一行も、宛がわれていた宿屋から飛び出し、その光景を目にした。
「おそらく、火竜のブレスだな!こんな威力のブレスを吐くことができるのは、エンシェントドラゴンしかいない!」
「あそこには確か、貴族の別荘があった筈だ。・・・やられたのは、おそらく、ホグニ伯爵かその手下だろうな。しかし、あんなことのできるヤツと戦うのか、骨が折れそうだな。」
「いや!むしろ明日の明け方に、時の塔に乗り込むのが、もっとも効果的だろうな!」
「どういうことだ?」
などという、会話を交わすジークフリート達を他所に、炎竜ヴァルカンは、意気揚々と凱旋していた。
『ウワッハッハッハ!我ト我ガ花嫁ノ巣ニ狼藉ヲ働コウトスル者ハ、皆コウナルノダ!思イ知ッタカ、愚昧ナル人間ドモメ!!』
その笑い声は、空に響き渡った。
ホグニ伯爵、終了の巻!!ヴァルカン圧倒的でした。
この強敵を前に、ジークフリート一行はいかな、戦術をもって挑むのでしょう?