卒業試験
既に、臨戦態勢を整えたゲルヒルデの姿を眺めながら、ジークフリートは、ニダヴェリールに向かう途中のタングニョーストでの旅路で、ゲルヒルデが、リンドブルムに対して行っていた修行を思い出していた。
かつて、リンドブルムの父であるガルガンチュアに勝利するため、ジークルーネの魔法を使用した精神界での修行である。
精神界での負傷による肉体の欠損や痛みは、現実世界には反映されないが、その世界で得た肉体の成長や、戦闘技術の経験はそのまま得ることが出来るという反則のような修行法だ。
ただし、死に瀕するようなダメージも、そのまま体験させられるため、よほど精神の強い人間でなければ、精神そのものが崩壊してしまうだろう。
ジークフリートは、一度死に、転生したからこそ、死の苦痛にも耐えられたが、そのような経験もないリンドブルムが、その修行に耐え、更に強くなっていったことに、尊敬の念が絶えなかった。
しかし、その全ては。
「今日この時のためか・・・」
ゲルヒルデは続ける。
「リンちゃんの力は、既に人の領域を超えつつあるっス!でも、これからの戦いでは、神に匹敵する魔神族の戦士と戦うために、魔導神姫は必要不可欠つなるっス!神技の習得が最低条件である操者としての資格・・・」
ゴッ!という音を発し、ゲルヒルデの闘気が膨れ上がる。
「今ここで、手に入れて見せよ!!」
その姿は正に、戦士の国であるヴィーグリーズの守護女神として姿であった。
ブルリと、リンドブルムが震える。
しかし、その顔には溢れんばかり歓喜があった。
リンドブルムが、ゲルヒルデの前へ進み出る。
その手に、雷鳴の斧槍を出現させ、その身の内の闘気を解放した。
「ゲルヒルデ様の言、承知致しました!!いざ、勝負!!」
流石は、ヴィーグリーズの誇る紅の戦姫、こちらも脳筋丸出しの答えである。
「ちなみに、あの赤い魔導装甲の戦乙女が、親父が死んだ時に、俺が遠征した理由だ」
ジークフリートは、傍らに立つ養父レギンにだけ聞こえるように説明する。
『ほう!只者ではないと思っていたが、あれが、ヴィーグリーズの戦姫かよ・・・』
感心するレギンの横から、ジグムント王がジークフリートに尋ねた。
『では、ガルガンチュアの娘か。確か、婚約者と言っていたな』
「そうだ!父上とガルガンチュア王が取り交わした約束らしいじゃないか!俺の周りの女は、あんなのばかりだぞ!!」
小声で詰め寄るジークフリートに、ジグムント王は苦笑する。
『婚約を約束していたのは、お前の母ヘカーティアと、ヒルデガルド殿であった。しかし、ガルガンチュアも律儀な奴よな』
その視線の先では、二人の乙女が、正に戦いを始める寸前である。
「完全に、本気じゃないか!?」
「心配は無用だ主殿!」
二人の安否を気遣うジークフリートに、ブリュンヒルデが声をかける。
「この決闘広場で、絶命しても死にはしない。元の世界に戻る際に修復されるのだ」
ブリュンヒルデの言葉に、ジグムント王が補足する。
『我等、不死の兵士の修練の為に造られた空間だ。ここでどちらかが死ぬまで戦い。再びグラズヘイムへと還るという訳だ。互いの死を賭した戦いほど、腕を磨くことの出来る修練はないからな』
なるほど、とジークフリートは納得する。
北欧神話において、不死の兵士達は、日夜殺し合いを続け、来たるべき最終戦争に備え、互いの腕を磨き合うという。
(ここが、その舞台なんだ・・・)
その殺伐とした背景を持つその空間は、神聖で荘厳な雰囲気に満ちていた。
(聞くのと見るのでは随分違うものだ)
二人の命の心配が無くなったジークフリートは、その戦いを見守ることにした。
ゲルヒルデとリンドブルムの準備が整ったことを確認したヤールンサクサは、その手にヒルデガルドの魂の宝玉を持ったまま二人の間に立つ。
「それでは、私が立会人を務める!双方、良いな!!」
ヤールンサクサの声に、ゲルヒルデとリンドブルムの二人が首肯する。
「では、始めるがよい!!」
開戦の宣言と共に、勇気の槍と雷鳴の斧槍が交錯した。
勇気の女神対勝利の女神!!
今、二人の女神が、雌雄を決する!!
以下次回!!