機神の宮殿
ヴァルハラ神殿の離宮、フェンサリルへ向かう途中、ジークフリートは、ふと気になった事があった。
「ところで、良かったのか?ヒルデ、ゲーテにヴァーテも、ここに戻ってきたのは二千年ぶりなんだろう?御母堂と積もる話もあったんじゃないのか?」
そう、ここヴァルハラ神殿に入った時から、やけに大人しくしている女神達の様子が気になっていたのだ。
「ああ、それっスか・・・」
「それには~、理由があるんです~」
「うむ!釘を刺されてしまったからな!」
今一つ理解できないジークフリートに、前を行くヤールンサクサが、笑いながら解説した。
「フリッグ殿が言っていたろう。試練の旅は、未だ半ばであると。あれは、この娘達に気を抜くなという警告だろうな。フリッグ殿は、天界の全てを取り仕切っている身だ。母としての気持ちより、天界の主としての在り方を優先したのであろう」
ブリュンヒルデ達が、小さく頷くのを見て、ジークフリートは、フリッグを不憫に思った。
(地上の王族と同じか・・・いや、全世界の命運を担っているのだ。王族などとは比べ物になるまい)
その思いに至ったのは、リンドブルムも同様であったようだ。
「それは、なんとも重き運命だな。私も王族だが、比較にもならんだろうな・・・」
「そう言ってくれると、ありがたいっス。まあ、世界に真の平和が訪れた時は、胸を張って凱旋できるっス!それまでの辛抱っスね」
ゲルヒルデとリンドブルムの会話は、続いていたが、どうやら目的の場所に着いたらしいヤールンサクサが、振り返った。
「さて、それでは転移するぞ!皆、陣の中に入ってくれ」
扉の向こうには、グラズヘイムへ来た時と同じ魔法陣の設置されている部屋があった。
全員が魔法陣の中へ入ったことを確認したヤールンサクサは、転移の魔法陣を起動させた。
光が一瞬、爆ぜたかと思うと、目の前には、ヴァルハラ神殿と同じ建築方式の神殿がそびえていた。
「ここが、離宮フェンサリル。通称、機神の宮殿さ!」
ヤールンサクサは、そう言うと、フェンサリルの鍵を掲げた。
扉に記されたルーン文字が輝き、錠の外れていく重い音が響いてきた。
巨大な扉が、ゆっくりと開放されていく。その先の光景に、ジークフリートとリンドブルムは、息を飲んだ。
おそらくは、魔導巨神であろう機神の群れが、ズラリと並ぶその光景は、圧倒的であった。
オリハルコンで造られた格納庫の中に、整然と収められた機神の姿は、まるで芸術品の様な品格を醸し出していた。
「これが、上位の女神でしか、フェンサリルの鍵を扱えぬ理由だ。世界をも滅ぼすことの出来る戦力を、軽々しく扱えると思うか?主殿」
ブリュンヒルデの声を聞きながら、ジークフリートは力なく頷いた。
「これが、神々の戦力なのか。なんという・・・」
リンドブルムも、どうやらジークフリートと同じ戦慄を覚えているようであった。
(俺達人間は、なんてちっぽけな存在なんだ。神々がその気になれば、俺達を滅ぼすことなど、赤子の手をひねるようなものだ。唯一の救いは、これが味方の勢力であるということだが・・・)
ジークフリートは胸中に沸いた懸念を、ブリュンヒルデに尋ねた。
「ヒルデ、魔神族の戦力は、これに匹敵するのか?」
「以前、ミーミルの泉で、前大戦の記憶を見せて貰ったろう。巨人族は未だにヨトゥンヘイムから出て来てはいないが、これだけの戦力をもってしても、引き分けに持ち込むのがやっとであったよ」
ジークフリートとリンドブルムの胸中には、重苦しい不安が芽生えた。
(なんちゅう無理ゲーだよ!!これで勝てないって、無理にも程があるだろ!!)
ジークフリートが、頭を抱たくなる気持ちと戦っていると、リンドブルムがヤールンサクサに尋ねた。
「しかし、母上、魔神族は未だ、その主戦力である巨人族を温存しています。かつてのギンヌンガカプの攻防戦においても、出てきた巨人の兵数は二百。これは、我が父ガルガンチュアが撃退し、勝利しました。これほどの戦力は不要と思うのですが・・・」
リンドブルムの言葉に、ヤールンサクサは頷いた。
「今であるならそうだろうね。だが・・・」
しかし、続く言葉は、人類にとって破滅をもたらしかねない不吉なものであった。
「巨人族の力の源である破壊神ロキが復活すれば、奴等はその力を十全に振るうことが可能となる。そうなれば、巨人共は大挙して人間の世界を蹂躙するだろう。それだけは、阻止せねばならないんだ!」
ヤールンサクサはそこまで言うと、一体の魔導巨神の前に立った。
「そのための力を、今から勇者殿へ託そう!」
その巨神の姿を見たブリュンヒルデ達の目には驚きがあった。
「こ、これは~!?」
「色は違うけど、間違いねーっス!!」
「父上の鎧、オーズ!!」
黒き鋼の巨体を持つ、漆黒の機神の姿がそこにあった。
ようやく、ダイオーズとの対面がなされたジークフリート一行。
契約の時は、間近に迫ります!
以下次回!!




