予行演習
ジークフリートの足元から魔法陣が浮かび上がる。更に前後左右、上方にも魔法陣が出現し、周囲の光景が一変する。外の世界が目の前に広がり、空の上へ放り出されたような感覚があった。しかし、そのまま落下するようなことはなく、上空に漂ったまま呆然としていた。
「これは一体!?ブリュンヒルデ達は何処へ消えたんだ?」
ジークフリートが、辺りの様子に気を配っていると、翼を背に持つ女性が現れた。
『ブリュンヒルデ様達は、すぐそばにおいでです。表示いたしましょうか?』
ジークフリートは、この突如現れた女性が、ファルマチュールの操舵室の天使像と瓜二つであることから、魔導頭脳の存在をイメージした映像であると予想した。
「それはいい。・・・しかし、手動操作に切り替えたのだろう?落ちないのか、コレ」
ジークフリートは、自分達が搭乗したファルマチュールの巨大な船体を思い出し、不安になった。
『ご心配には及びません。手動操作とはいえ、未だに船体の制御の半分は、私が受け持っています。この船が落ちるようなことは決してあり得ません』
魔導頭脳の映し出した天使は、見るものが安心するような笑顔を見せた。
「なるほどな・・・では、操縦方法を教えてもらおうか」
平静を装いながらも、ジークフリートは改めて天界の魔導科学の水準の高さに驚いていた。
(まるで、本当に感情があるようだ。こちらの精神状態を察知してあんな表情を選択したのなら、人工知能もびっくりの完成度だな)
ジークフリートが、ファルマチュールの凄さに感心しているその横で、ブリュンヒルデ達は、ヤールンサクサとの談話に興じていた。
「ヤールンサクサ様、主殿に神船の操舵を任せたのは、やはり魔導巨神を動かすための試金石ということなのでしょうか?」
ブリュンヒルデの問いに、ヤールンサクサはニヤリと口角を曲げる。
「いい読みだな。いきなり、ぶっつけ本番じゃあ、勇者殿も困るであろう。心構えだけでも持ってくれればそれでいいさ」
ゲルヒルデやヘルムヴァーテは、なるほどと納得する。しかし、魔導巨神が如何なる存在か知らないリンドブルムが、続けて質問する。
「お母様、魔導巨神とは、一体なんなのですか?」
リンドブルムの問いに、ヤールンサクサは喜んで答える。
「リンドブルム、貴女は魔導神姫を見たことがあるのかな?」
「はい。かつて我が故郷、ヴィーグリーズが魔神族の大軍に襲われた折、ブリュンヒルデ様達の魔導神姫を拝見しました」
リンドブルムの答えに、ヤールンサクサは首肯し、その視線をファルマチュールの操船に集中しているジークフリートへと移す。
「魔導巨神は神の鎧、魔導神姫すら凌駕する天界の兵器だ」
ヤールンサクサの答えに、リンドブルムは息を飲む。
「それ故に、それを動かすに足る、正しき心と資質を持つ者。即ち神に認められし勇者のみが、その資格を許されるのだ」
リンドブルムも、ヤールンサクサにならいジークフリートにその視線を向ける。そこにあるのは、不安や恐怖といったものではない。リンドブルムの瞳には、希望と信頼のみが宿っていた。
「主殿だけではないぞ。リンドブルム、其方もファルマチュールの操船を学んでおいた方が良いのではないかな?」
ブリュンヒルデの声に、現実に戻ったリンドブルムは、その意味するところを想像した。
「まさか・・・」
驚愕の表情を浮かべるリンドブルムを他所に、ブリュンヒルデは、横に座るヤールンサクサに尋ねる。
「確か、リンドブルムの母親であるヒルデガルドの魔導神姫が、無傷で残っているのではないですか?」
母の遺産と聞き、リンドブルムは期待を込めてヤールンサクサを見つめる。愛しい孫娘のその視線に、ヤールンサクサは溜息を一つついた。
「せっかく驚かそうと思っていたのに・・・ヒルデ、貴女、少し口が軽すぎるぞ」
「恐れ入ります」
じとっとした視線を向けてくるヤールンサクサに、ブリュンヒルデは良い笑顔を返すだけだった。
何事にも、練習は必要です。ご機嫌如何?
どうやら、リンドブルムにも、試練が待っている模様です。
以下次回!!




