一つの終戦
グランネイドルの市街地で、二つの巨大な存在がぶつかり合っていた。
ジークフリートの駆る吠え叫ぶ者と、蛇将ニーズホッグである。吠え叫ぶ者の一撃を受け止めたニーズホッグは、自身の持つ四本の腕にあらん限りの力を込めた。
『馬鹿め!!私の腕は、四本あるのですよ!!』
そう言うと、上腕の二本の円月刀で、吠え叫ぶ者の展開した炎の魔剣を防御したまま、残った二本の腕で、吠え叫ぶ者のガラ空きの腹部に攻撃を加えようとした。
『ムゥン!!』
吠え叫ぶ者からジークフリートの声が響くと同時に、ニーズホッグが地面へ押し付けられる。
『ヌオッ!?何という力!!こちらは蛇神鎧を纏っているというのに!!』
反撃に転じようとしていたニーズホッグであったが、最早それどころではない。四本ある腕を総動員しなければ、吠え叫ぶ者の刃を止めることが出来ないのだ。そうして、ニーズホッグの動きを封じたジークフリートは、ジークルーネに叫んだ。
『今だ!!頼む!!ルーネ!!』
その声に、応えるように、巨大な魔法陣が、吠え叫ぶ者をニーズホッグごと包み込むように展開した。
「『破壊の杖よ!契約の元、我が主の望みし場所へ通じる門を開け!!明星の門!!』」
ジークルーネの魔法が発動し、二つの巨大な存在が、光と共にグランネイドルの街から跡形もなく消える。そして、グランネイドルの街に、一瞬の静寂が戻った。
『馬鹿な!!』
その声は、蜥蜴人の王、ボティスが発した声であった。未だブロック王との戦いに決着は付いていない。しかし、突如、ブロック王の援軍として現れた二人の戦乙女によって、形勢は逆転していた。二人が武器を振るう度に、数人の蜥蜴人の戦士達が吹き飛ぶ。それだけで、ある者は身体の一部が吹き飛び、またあるものは絶命していく。そこへ、ようやくニーズホッグが城壁を破り、市街地へと突入してきた。グランネイドルを落すことが出来る。それは、先程まで決定された未来であった。しかし、それは一体の魔導巨神の出現によって回避されてしまった。いや、おそらくあの魔法は女神の力に違いない。そう結論づけたボティスは、忌々しげにリンドブルムとゲルヒルデの二人に振り返った。
『憎むべきはヴァルハラの血族か!この恨みは決して忘れぬぞ!!』
そこへ、エキドナが駆け付けて来た。彼女の全身ボロボロの蛇神鎧女胴蛇を見て、ボティスは決断する。
『引くに如かず!!』
ボティスは、エキドナに駆け寄ると、その安否を確かめた。
『エキドナ様!ご無事で!!』
『ああ・・・しかし、これまでだよ。悔しいがここは撤退するしかない。グランネイドル攻略は失敗だ。今は、一刻も早く引くよ!』
『承知!!』
ボティスは、配下の者に目配せした。すると、部下の一人が、背中から銅鑼を取り出し、鳴らし始めた。
ゴン!ゴゴン!ゴン!ゴゴン!
その音を聞いた蜥蜴人達は、一斉にグランネイドルの城外に向け走り出す。街中の至る所から、銅鑼の音が鳴り始め、正に風の如き速さで、蜥蜴人達は撤退を始めた。
『私等も引くよ』
『無念です・・・』
二人は、そう言うと、走り出した。
「逃げる気か!!卑怯者め!!」
遥か後方、殿の為に、死兵となった同胞の壁の向こうで、ブロック王の怒声が聞こえるが、ボティスは振り返ることは無かった。今の自分は、個人の思惑だけで戦っているのではない。崇高な理念と輝く未来の為なら、自分自身の誇りなど溝に捨てても後悔など微塵も感じなかったのである。そして、それは、自分の横を並走するエキドナも同じであると、確信していた。
グランネイドルの戦いは終りました。しかし、ジークフリートとニーズホッグの決着が残っています。
以下次回!!