慈愛を司る者
激しい閃光が収まり、二人の人影が光の中から現れる。ジークフリートは、すでに魔神化が解け、黒髪と青い瞳に戻っていた。その変化に、ブリュンヒルデ達が気付くのと、ジークフリートが血を吐いて膝をついたのは同時であった。
「「「ああっ!?」」」
ブリュンヒルデ達の悲鳴が響き渡った。ジークフリートの右脇腹が大きく抉られていたからである。その驚異的な体力と精神力で気絶には至ってないものの、これ以上の戦闘は不可能である。つまり、ジークフリートは、ヘイムダルに敗れたのか?そうブリュンヒルデ達が思った時、ヘイムダルがジークフリートへ向き直り、一言だけ告げた。
『吾輩の負けである』
それはまごうこと無き、敗北宣言であった。その瞬間、ヘイムダルの上半身が、斜めにズルリと滑り落ちた。右手に神剣ホヴズを握ったままの半身は、少し遅れて、ゆっくりと崩れ落ちた。
ジークフリートは痛みに耐えながら、倒れたヘイムダルを見やった。
「・・・流石は、天界の守護者ということか・・・完全に避けることは、不可能だったぜ。だが・・・なんとか・・・なった。・・・かな?」
そこまで言うのがやっとであった。ジークフリートの意識が急激に遠のき、そのまま、前のめりに倒れ込んでしまった。
「主殿!!」
「ジークフリート!!」
「主さん!!」
三人の乙女達が、ジークフリートの元へ駆け寄る。近づいて初めてジークフリートの負った傷が、重傷であることに気付いた。黒獅子の鎧の効果、全方位回復も、その許容量を超えてしまっているのであろう。回復速度が遅い。このままでは、失血により絶命に至る可能性もある。
だが、その場にいたもう一人の存在が、それを許すはずがなかった。
『お見事です。まさか、本当に神に打ち勝つとは思いませんでした』
いつもの間延びした声ではなく、はきはきとしたもの言いでジークフリートの前に立ったのは、ヘルムヴァーテであった。彼女は、倒れたジークフリートを抱き起し、上を向かせると、兜の面頬を押し上げた。
ジークフリートは闇の中に居た。かつて一度、見たことのある暗闇だ。水の中をたゆたうように、全身の感覚が全く感じられない。やはり自分はこのまま死ぬのであろうか。そして、せっかくの二度目のチャンス、正確には三度目ということになるのであろうが、それがふいになってしまったと思うと、自分の不甲斐無さに腹が立った。
しかし、突如としてジークフリートの全身を激痛が襲った。死んでいるのであれば、このような痛みは感じるはずがない。その激痛の海の中から、ジークフリートは再び、アズガルドの世界に急速に浮上していった。
覚醒して、まず感じたのは、唇に触れる柔かな感触とその温かさであった。そのままジークフリートが目を開けると、目の前に顔があった。見たこともない美少女が、自分に口づけをしていると気付いたが、身体は全く動かない。おそらく、ヘイムダルとの戦いで負った傷が原因であろうと思い至ったが、次の瞬間、その激痛は、嘘のように消え去った。そして、ゆっくりと離れる美少女を追って立ち上がろうとした時、ヘイムダルの神技によって刻まれた傷が、綺麗さっぱり消えていることに気付いた。驚きを隠せないジークフリートに、件の美少女が語りかけて来た。
「突然の御無礼~お許し下さい~。私の名前は~すでにご存じかと思いますが~、改めて~名乗らせて頂きます~。慈愛を司る~オーディン神の第五女にあたる~ヘルムヴァーテと申します~。不束者ですが~、末永くよろしくお願いします~」
そう言うと、ジークフリートに手を差し出した。その手をジークフリートが握ると、ヘルムヴァーテは軽々と、ジークフリートを引っ張って立ち上がらせた。全身鎧を纏った外観からそうであるように、どうやらかなりの剛力の持ち主であるらしいが、その中身は、花も恥じらう美少女であった。垂れ気味の目尻が、一層可愛いらしい。
こうして、ジークフリート一行は、ついに五番目の女神、ヘルムヴァーテを仲間に加えることに成功するのであった。
天への道の章はここまでです!次回は、天界グラズヘイムへ向かう所からの話となります。
ジークフリートの旅は、どこへ向かうのでしょうか!?
以下次回!!