混沌の蛇
その影は、一言で言えば異形であった。巨人の様な上半身でありながら、四本の腕を持ち、頭と下半身は蛇そのものというまさに、怪物と呼ぶに相応しい姿である。水飛沫を上げながら近づく、その存在の正体に気付いたのは、ブロック王であった。
「まさか!あれは魔神族の将、ニーズホッグ、何故このようなグランネイドルの近くに奴が・・・」
その名に、聞き覚えがあったのであろう。ジークルーネとブリュンヒルデは苦い顔をした。
「混沌の泉に棲むという蛇神ですか!?」
「しかも、ここは地下だ!魔導姫神は呼べんぞ!!」
ブリュンヒルデの説明によると、魔導姫神は空の見える場所でしか呼べないということであった。その為、もしこのまま戦うのであれば、不利を承知で臨まねばならないということである。
全員が、戦闘態勢に入った時、ニーズホッグが立ち止り、語りかけて来た。
『おやおや!妙な物が来たと思って見に来てみれば、これはこれは!ブロック王ではありませんか!?貴方が留守にしていたものですから、私が変ってグランネイドルを管理しておきましたよ・・・』
いけしゃーしゃーと言い放つニーズホッグに、ブロック王は怒り心頭である。自分の武器である戦鎚を握りしめるが、ブロック王とニーズホッグとの間には、混沌の水があり、手も足も出すことが出来ない。
「くそっ!!あの野郎!ふざけやがって!!」
『ハハハ!いい顔だ!我等の誘いを断り、人間なぞになびくからこうなるのだ!』
ニーズホッグはそういうと、おもむろに自らの口の中にその四本の手を突っ込んだ。その腕がゆっくりと引き抜かれると、その手の先には円月刀が握られていた。四本の腕がそれぞれに刀を構え、その切っ先をブロック王に向ける。ブロック王も、構えるが、それはニーズホッグの罠であった。ジークフリート達のすぐ横手から、巨大な波が押し寄せて来た。注意を自分に集めておき、死角から自分の尻尾で、波を起こしたのである。ただの水なら問題は無いが、それは混沌の水である。触れるだけで、こちらの被害は甚大となる。まさにそれが、ニーズホッグの狙いであった。
『動けなくなった所で、くびり殺してやるわ!!』
しかし、その狙いにいち早く気付いた者もいた。
「守れ!!守護の盾よ!!」
ブリュンヒルデは叫ぶと大地に盾を振り下ろす。盾が大地に激突した瞬間、巨大な魔法陣が現れ、混沌の水の波から、物理的に守って見せた。
「おおっ!?」
ブロック王が驚嘆し、目を見開くが、ブリュンヒルデは、即座に全員へ告げた。
「撤退すべきだ!!ここで戦うには、相手が悪すぎる!!主殿!!」
「了解だ!皆、撤収!!」
ゲルヒルデや、シュベルトライテも異存はないらしい。即座に行動に移っていた。ジークルーネは、撤退しながら、魔法を詠唱する。
『総てを凍て着かせる全き氷の天蓋よ!ここに顕現せよ!凍結地獄!!』
かつて、ヨルムンガルドの動きも封じた広範囲攻撃呪文が炸裂する。しかし、ただの水と違い、混沌の水は完全には凍結していないようだ。しかも、ニーズホッグのほうも効果は薄いらしい。
『極寒の大地で生まれたこの私に、このような魔法は効かんぞ!!』
凍りついたその体の背面が罅割れると、ニーズホッグはそこから脱皮を始めた。だが、それこそ、ジークルーネの狙いであったようだ。
「今のうちに、行きましょう!!」
ジークフリート達は、タングニョーストに飛び乗ると、操縦室へと登った。
「メリーダ!!グランネイドルに向け全速前進!!」
「了解!!」
メリーダは、ジークルーネの指示に即座に反応し、アクセルを踏み込む。車輪が土煙を上げながら発進した。グランネイドルの入り口は、長い石橋の向こうに存在するが、タングニョーストがその上を走り始めた途端、音を立てて崩れ出した。これには、ブロック王が驚いた。
「馬鹿な!この石橋は、この車が乗った程度では、ビクともしない筈なのに!!」
「混沌の水のせいで、腐食が進んでいたのでしょう!しかし!!」
ジークルーネは、チラリとメリーダに視線を向けた。メリーダも、その意図に気付き、コクリと頷く。
「こんなこともあろうかと!!」
「ポチッとなぁ!!」
メリーダがボタンを押すと、タングニョーストの背部から噴射口が現れ火を吹いた。所謂加速装置である。
タングニョーストはそのままグングン加速し、グランネイドルの城門へ突っ込んでいった。
またしても、ジークルーネの悪癖によって、窮地を脱したジークフリート達。
ようやく、ヘルムヴァーテの登場となります。
以下次回!!