科学者の本懐
街道をニダヴェリールへ向かうタングニョーストは、行きかう人々にとっても、注目の的であった。
たった今も、摺れ違った隊商の者達が、ポカンと口を開け、その威容を見送っていた。しかし、その行軍も、やがては止まることになるだろうと、ジークフリートは思っていた。山道に入れば道は狭くなり、道なき道を進まねばならなくなるのだ。
(一体どうやって進むつもりなんだ?それとも、タングニョーストを降りて、フォールクヴァングのエイル猊下から貰った浮遊馬車で進むつもりなんだろうか・・・)
確かに、このタングニョーストには、フォールクヴァングの教皇、エイルより与えられた浮遊馬車が、格納庫に収納されていた。湖畔の町、ウルザブルンからこっち、メンテナンスも碌に出来ていなかった浮遊馬車も、ヴィーグリーズの職人達によって、新品同様に整備されていた。だからこそ、それを使うのだろうと思い込んでいたジークフリートは、その後、ジークルーネの本領を目にすることになる。
山道に差し掛かり、道幅がタングニョーストの車体より明らかに狭くなったその時である。ジークフリートは、何気なくこう呟いた。
「これ以上、タングニョーストで進むことは無理だな・・・」
そう、ジークフリートが言った時、ジークルーネの眼鏡がキラリと輝き、普段からは想像出来ない大きな声でこう言った。
「こんなこともあろうかと!!!」
ジークルーネのその叫びに応えるかのように、操縦席に座っていた女騎士がコクリと頷き、黄色のボタンに指を伸ばし。
「ポチッとな!」
そう言いつつ、ボタンを押した。
その途端、タングニョーストの車輪が劇的な変化を始めた。その表面に刻まれていた、鉄板と鉄板の接合部だと思っていた部分が展開し、まるでムカデの足のように変形したのである。そのまま、山道をなんなく進んでいくタングニョースト。だが、ジークフリートにとってそんなことはどうでもよかった。先程行われた一連の遣り取りについて行けず、凍り付いていたのである。更に、吊り橋へさしかかった時、またしてもジークフリートは呟いてしまった。
「これは、流石に無理だろう・・・」
その瞬間、またしてもジークルーネの眼鏡が輝き、再びあの叫びが木霊する。
「こんなこともあろうかと!!!」
「ポチッとな!!」
今度は青いボタンが押され、タングニョーストの足の部分が再び変形する。車体の正面と背部から、ワイヤーが二本発射され、その上に乗れるような車輪が形成され、何事もなかったように進んで行く。渡りきると、ワイヤーは車輪から本体に収納され、後には何も残らない。
次に、ジークフリート一行を遮ったのは、巨大な岩壁であった。この更に向こうに、ようやくスヴェルトアールブに続く大洞穴の入り口が待っているのである。
「くそっ!あと少しという所で・・・」
そう、言った後で、ジークフリートは嫌な予感がした。二度あることは三度あると言うじゃないか。何故言ってしまったのだろうと後悔し、ジークルーネに視線を向けた時、その予感は当たっていると確信してしまった。ジークルーネの口元がニヤリと歪み、自信に満ちたその顔が全てを語っていた。
「こぉんなこともあろうかと!!!」
「ポチッとな!!!」
タングニョーストの前面、そこには、大きく真円が描かれていたが、そこが大きく沈み、巨大な穴となり、そこから金属の触手が現れ、それは螺旋を描きながら円錐状に固まって行く。だが、ジークフリートはその正体が、何であるか知っていた。
(これってまさか・・・)
その答えは、ジークルーネの叫びによってもたらされた。
「これこそ!タングニョースト、ドリルモード!!!さあ!行くのです!!タングニョースト!!」
『了解!!』
その答えと共に、ドリルが岩壁に穴を開け、ドンドン進んで行くが、そのドリルが立てる騒音や震動は、車内には全く影響していない。正になんでもありの魔法科学の結晶である。
しかし、ジークフリートは、別の意味で納得していた。
(ルーネの奴も、間違いなくヒルデの姉妹だ・・・出鱈目さ加減がよく似てる・・・)
どうも、戦乙女という存在は、常識とはかけ離れた存在であるというのが、ジークフリートの出した結論であった。
なんだか、本筋とはかけ離れた内容に・・・。
ジークルーネの隠れた一面でした。
そして、ようやくニダヴェリールに到着することとなる一行の前に、どのような試練が待ち受けているのでしょうか?
以下次回!!