破滅の大地
黒龍太子ファーブニルは、アングルボザにつれられ、禁断の間に続く通路を歩いていたが、通路の先に在ったのは、禍々しい彫刻が施された壁であった。
一面に描かれているのは、苦悶の表情を浮かべる人間の顔である。それが幾重にも重なるように描かれた壁を前に、アングルボザはファーブニルに振り返った。
『ここから先は後戻り出来ぬかもしれんぞ・・・』
「構いません母上、しかし、これは一体・・・?」
ファーブニルが、怪訝そうに伺うのを、アングルボザは笑みを浮かべて答えた。
『この扉の先が、禁断の間に通じる道となっている。この扉の先に進めるのは、我が君、ロキ様と我の血を引く者のみよ』
そう告げると、アングルボザは壁に向かい歩き出した。すると、アングルボザの身体は、壁にぶつかることなくその向こうに吸い込まれるように消えて行った。
ファーブニルは、その壁に触れてみようと、手を伸ばした。しかし、その手は壁の感触を伝えることなく空を切った。
「・・・幻術ではない。ここに確かに壁が存在するようだが、我等、ロキの血族には、障害と成らぬ扉のようだな」
ファーブニルも、アングルボザを追い、その壁の向こうに消えた。その先には、通路が続いていた。母アングルボザはその先で、ファーブニルがやって来るのを待っていた。禁断の間、そこには、床一面に魔法陣が描かれていた。
『遅いぞ。ファーブニルよ』
「申し訳ありません、母上。しかし、これは転移の魔法陣ですか?」
『その通りだ。今から起動させる。そなたも、陣の中心に来るがよい』
アングルボザがそう言うと、魔法陣はその赤い光を部屋の中に満たした。ファーブニルがその眩さに目を閉じたのは一瞬の事である。しかし、目を開けると、その風景は一変していた。肌にまとわり付くような、うだる熱気。そして、赤く焼け爛れた大地。溶岩の流れる音が鳴り響くその場所に、ファーブニルは心当たりがあった。
「まさか、ここはムスッぺル!世界の裏側ではないですか!」
『その通り。あの魔法陣も、我が君の魔力で創られたものだからな。この程度で驚くには値しない。それよりも、そなたの目的のものはこの先じゃ。行くぞ』
そう言って、アングルボザは再び歩みを進め始めた。アングルボザは巨人の身体で歩いている為、自然とファーブニルと距離が開くはずであるが、今はそれがない。無意識に、速度を落しているのかもしれない。ひょっとすると、これが息子との最後の機会となるかもしれないのだという想いが、母の足を重くしているのかもしれないと、ファーブニルは考えていた。しかし、その歩みも止まる。そして、二人の前には、驚くべき光景が広がっていた。
天をも貫くような、巨大な石像が、その手に持つ剣を天へと突き上げる形で立ってた。その前には、その百分の一程の大きさの巨像が、列を成していた。一体一体の大きさは、アングルボザをして見上げるほどの大きさで、その数は、ざっと一万といったところか、それが直立し見下ろすように居並んでいる。最奥に立つその像の巨大さは、想像を越えるほどで、まるで、天に対する怒りを現すような佇まいである。
空は暗雲に覆われ、時折、大蛇を想わせるような雷がその巨像に落ちている。まさにこの世の地獄とされる混沌の大地、ムスッぺルそのものを想わせる光景であった。
「魔神機・・・我等が魔法科学の結晶・・・まさかこのような所に眠っていようとは・・・」
『さよう、しかし、解っていような?封印された魔神機を再び眠りから覚ますには、莫大な魔法力が必要となる。そなたの魔力が及ばぬ場合は、その命が尽き果てるであろう。それでも・・・』
「やります!これは我等にとって、なさねばならぬことの一つに過ぎません!でなければ、倒れていったもの達に、何の顔あって黄泉で間見えることが出来ましょうか!」
そう言うと、ファーブニルは、その巨像群の前に造られた祭壇へと上がった。
祭壇の壇上には、黒い水晶球が設置されており、その水晶球から血管のように管が伸ばされ、それが魔神機の群れに繋がっていた。ここから魔力を魔神機に注入し、再起動させるのであろう。ファーブニルは、覚悟を決めて水晶球に手を伸ばした。
アングルボザは、その結果を見ることなく、その場を立ち去って行った。
ムスッぺルに封印された魔神機の群れ、これが魔導姫神に対抗する手段だった訳ですね。
果たして、ファーブニルは魔神機を復活させることが出来るのでしょうか?
以下次回!!
九話、十話、書き足しました!(笑)