進軍の布石
ダインヘイムに待っていたのは、蛇王ヨルムンガルドと夜の女神ヘルの二人だった。
「兄上、ご無事か!」
ヘルが、二人の天人の騎士を共に進み出た。
ファーブニルは、フェンリルを伴い、出迎えを受けた。
「そちらの首尾は?」
手短に用件を聞こうとするファーブニルに嘆息しながら、ヘルは懐からロキの魂の欠片を取り出す。
「この通り、首尾は上々です。兄上」
魂の欠片を受け取ると、ファーブニルは大きく頷き、集まって来ていた全ての魔神族に向かい声を張り上げた。
「聞け!!同胞諸君!!今回の戦は、魔導姫神の介入があり、目的の一つであったヴェーグリーズの攻略は成らなかったものの、我等が父祖たるロキの魂の欠片の奪取に成功した!!これも全て、母国の為、奮起してくれた皆の努力の賜物である!!黒龍太子の名の元、礼を言う!!よくやってくれた!!」
その言葉と共に、ファーブニルは魂の欠片を天へと掲げる。
その瞬間、魔神族全ての部族が雄叫びを上げた。
龍や、魔獣を思わせる咆哮も混じっていた。
人の町であったダインヘイムに、人外の者達の歓喜の声が満ちたのであった。
その後、ダインヘイムの王宮に入ったファーブニルに、三人の兄弟はつき従い、次なる行動に移す為の作戦を聞かされていた。
「それにしても、兄上もよくやりますね。敗戦を印象付けないために、パフォーマンスとは・・・」
「今が大事な時期だ。それにミズガルズに侵攻する為には、ヴェーグリーズを落すことが最も近道だっただけなのは事実だ。すでにスヴェルトアールブと、アルフヘイムには、兵を差し向けている。ヨルムンガルド、その後の様子は?」
そう問われたのは、赤い瞳の紅顔の美少年である。
「うむ!すでにニーズホッグに命じて、ドゥベルグ達に我等に帰依するなら生かし、抵抗するなら死を与えるように計らっている」
真面目な顔をして答える少年の姿に、とうとう笑が堪えきれなくなったのか、フェンリルが腹を抱えて笑いだした。
「アーーーハッハッハッハッハ!!お前まだ人化の術の欠陥が治って無かったのかよ!!違いすぎンだろ!その姿!」
フェンリルの態度に、目を瞑り、怒りを抑えているヨルムンガルドが、ポツリと呟いた。
「だからこの姿になるのは嫌だったのだ。本来我等巨神の血を引く者が、人間の建築物に合わせる為とはいえ、このような貧弱な人間の姿になるなどと・・・」
「貧弱なのは、お前だけだろ!俺はこの姿でも充分に戦えるぜ!」
「ムムム・・・」
悔しそうにフェンリルを睨む、ヨルムンガルド少年。
すると、ファーブニルが、ヨルムンガルドに頭を下げた。
「すまぬなヨルムンガルド。巨人であることに誇りを持つお前に、そのような姿をとらせるのは、本当にすまないと思う」
「何を言われる兄者!兄者の開発したこの人化の術があったからこそ、我ら魔神族は食糧の危機から脱し。国民全員に食料が行き渡るようになったのではないか!」
ヨルムンガルドが慌てて頭を上げるよう懇願する。
フェンリルもバツが悪そうに、頭を掻きながら謝罪した。
「俺も、調子に乗り過ぎたよ。悪かったなヨル!」
「構わんよ兄者。滑稽であることには、違いないからな」
諍いを止めた二人に満足し、ファーブニルは説明を続ける。
「ヘルはアルフヘイムに直接赴き、デックアルブ(この世界のダークエルフの事)の部族と協力体制を確立して欲しいのだ。なんとしても、ミズガルズに兵を進める為にな」
ミズガルズと聞いて、ヘルの瞳に暗いものが宿った。
それもつかの間、ヘルはファーブニルにその澄んだ眼差しを向け、深々と頭を下げて告げた。
「その儀、確かに承りました。万事お任せ下さい」
そう言うと、ヘルは霧のように掻き消えた。
「頼むぞ。ヘル」
ファーブニルは立ち上がると、残り二人の兄弟に告げた。
「私は、本国へ帰り、禁断の間を開放する。こちらの指揮は副将のファーゾルトに一任するつもりだ」
禁断の間と聞いたフェンリルとヨルムンガルドは、驚愕に目を見開いた。
ファーブニルは未だ諦めていません。
アズガルドの戦乱は、始まったばかりです。
そして、次の舞台はドゥベルグの国、スヴェルトアールブとなりますが、ヴィーグリーズでの後日談が先となります。
以下次回!!