天人の騎士
エルルーンを迎え撃ったのは、フギンと呼ばれた、男の騎士であった。
エルルーンの鋭い一撃を腰から抜いた剣で難なく捌き、その勢いを殺したフギンは、エルルーンを押し戻した。
「人間にしてはなかなかやるな!我が名は、ヘル様の片翼、飛翼将フギン!我と戦えたことを誇りと思うがいい」
その切っ先に、戦慄を感じながら、エルルーンは足元に存在する結界の効力が、この侵入者達に、全く効果を発揮していないことに愕然とした。
つまり、この侵入者達は、邪悪なる者ではないということを示しているのだ。
「不思議そうだな?」
フギンは余裕の態度で、エルルーンに質問する。
エルルーンは、悔しさを感じながら、相手の隙を探る。
「我等は、天人の末裔よ!流石のドルイドの術式も、神の血を引く我らには、力を示すことは無い!!」
エルルーンはその言葉に納得した。
神の血を引く一族、天人それは、始原神ウルの血を引く部族で、その背に翼を持つ有翼人である。
すでに、滅んだと思われていた種族である。
ドルイドの術も、彼等が編み出したとされるものである。
結界の無効化など、容易いことであるだろう。
「言っておくが、我等は結界の力を無効化などしておらんぞ」
まるで、こちらの考えが読めるような受け答えに、エルルーンは天人の特殊能力についても思い出した。
「そう、我等は思考を読むことが出来る。君の攻撃は全て事前に察知しているのだよ。無駄な抵抗は止めることだな」
エルルーンはこの戦いが、すでに詰んでいる絶望感に襲われた。
しかし、大封印の開放を看過することは、世界の破滅を意味しているのだ。
「引く訳にはいかない!!」
そう言って、再びフギンに向かって間合いを詰めるエルルーン。しかし、その攻撃が届く前に、突如、エルルーンの身体を衝撃が襲った。
「グアッ!?」
エルルーンの魔導装甲の関節部、右肘と左膝に鋼で出来た羽根が食い込んでいたのである。
「ムニン!邪魔をするな」
「殺すなと、お姫様のお達しだ。お前は天空騎士の誇りを忘れてはいまい。だが、そこまでだ」
ムニンの足元には、薔薇十字聖騎士団の団員達が、エルルーンと同じように、関節部を鋼の羽根に貫かれ、動けないようにされていた。
「エルルーン様・・・」
「すみません・・・」
エルルーンは、悔しげにヘルを見やった。
ヘルは、闇の中から出ると、その姿をエルルーンの前に晒した。
漆黒のドレスを纏った優雅な肢体、ウェーブのかかった白銀の髪、そして暗闇の中で光る真紅の瞳、しかし、一切の邪悪さが感じられない。それどころか、エルルーンが感じるものは、フォールクヴァングのセスルームニル大神殿で、女神の封石に感じたような神々しさであった。
「貴方は・・・一体・・・」
「そこで見ていると良い」
そう言うと、ヘルは振り返り、神滅の槍を宙に浮かべた。
「おやめなさい!貴方は必ず後悔することとなります。これは、エイル猊下からの忠告です!どうか!」
エルルーンが叫ぶが、ヘルの瞳に宿ったものに揺るぎは無かった。
「後悔など、とうの昔に捨て去ったわ。『貫け!!神滅の槍よ!!』」
神滅の槍が真紅の光を発し、一条の光の矢となり大封印の水晶に突き刺さる。
「クッ!!」
エルルーンは、ガクリと項垂れた。
またしても、大封印の破壊をくい止めることは出来なかったのだ。
「これで、残る大封印は後二つ、行くわよフギン、ムニン」
「「ハハッ!!」」
どこからか現れた霧と共に去っていくヘルを、エルルーンは、見送ることしか出来なかった。
その表情には、言いようのない悔しさが浮かんでいた。
フギンとムニンの前に、敗れ去ったエルルーン。
そして、去っていく夜の女神ヘル。
話は、再び戦後に戻ります。
ジークフリート達の、次なる目的地は如何に!
以下次回!!




