撤退
魔神族の撤退命令は、即座に全軍に伝わった。
東の戦場で、ゲルヒルデの相手を務めたフェンリルは、その命令に待ってましたと言わんばかりに撤収した。
巨大な黒狼となり、スピードで常にゲルヒルデを翻弄していたフェンリルであったが、その攻撃はゲルヒルデの槍持て戦う者に一切通用しなかったのだ。
『悪いが今日はここまでだ!こっちは引かせて貰うぜ!!』
『チョッ!!逃げるんスか!?やっと見切ってこれから反撃ってとこなのに!!』
『知るかよ!!じゃあな!!』
そう言うが早いか、黒き疾風となり、フェンリルが掻き消える。
それと同時に、ゲルヒルデの秘技が発動する。
『飛燕突き!!』
閃光と化した槍が、空を切り裂く。
槍を突き出した姿勢のまま、ゲルヒルデは勇気の槍の穂先を見た。
僅かな血痕が付着していたが、手応えは浅かった。
『逃がしたッスか・・・次は必ず仕留めてやるっス!!』
こうして、東の戦場での戦いは終った。
一方、シュベルトライテの戦いは、終始シュベルトライテが、優勢であった。
竜斬刀が振るわれる所、ドラゴンの血が大地を染めていた。
西方の平原に集結していたのは、ファーゾルト率いる竜の兵団であった。
最大の戦力を有したこの軍団は、人間が相手ならば、その強固な竜麟の防御力と、強大な竜の吐息の破壊力によって、今頃はヴィーグリーズの街を破壊していたはずである。
しかし、たった一人で出現した戦乙女と、その操る魔導姫神によって、その最強の兵団は蹂躙されていた。
『おのれ!!神々の遺産など持ち出すとは!!これでは、ファーブニル様に合わせる顔が無い!!かくなる上は、刺し違えても!!』
そう覚悟したファーゾルの元に、撤退命令が届く。
『本懐は成し遂げられたか・・・ならば、今は退くのみ!!この雪辱は必ず果たす!!』
そう言うと、ファーゾルトは後詰を残して撤退した。
殿に残った竜族は、最後の瞬間までシュベルトライテと戦い続けた。
『なんという団結!!そして、忠誠心!!これは恐怖で縛られた者達の持つものではありません!!一体、敵の首領とは如何なる者なのでしょうか!?』
シュベルトライテをして、怯ませる何かが、竜族の瞳に宿っていた。
これは、ただの殺戮の為の出兵ではない。
そう、シュベルトライテの直感が囁いていた。
最後の一頭に止めを刺し、竜の死体の山の上で、戒める者に乗ったシュベルトライテは、敵が去って行った方角を刺すような瞳で見つめていた。
これは、戦いの終りではない。
むしろ、始まりではないのか、その予感がシュベルトライテの胸中に広がって行った。
そして、大河に向かったジークルーネの前には、氷に閉ざされた大河から、巨大な存在が現われていた。
蛇王ヨルムンガルドである。
その体表には、霜がまとわり付いき、その動きを阻害していた。
『まさか、このような方法で、こちらの頭を抑えられるとは・・・』
その半身が浸かっている氷の中には、渡河部隊の魚人族の半数が氷漬けにされていた。
『大河を塞き止める訳には行きませんからね。手加減したのが裏目に出ましたか・・・』
『これで、手加減したのか・・・』
同胞が生きているか死んでいるか判らないこの状況では、迂闊に動くことは出来なかった。
その時、全軍に撤退命令が下った。
ヨルムンガルドが、不承不承従おうとした。
その時、ジークルーネの操る杖を振るう者が破壊の杖を振るった。
その一瞬で、凍土と化していた大河が水に戻った。
急激な水流の変化に、体勢を崩すヨルムンガルドだが、ジークルーネの追撃は来なかった。
『退くがいい、魔王よ!でなければ、次の一撃は確実に死をもたらすものとなるでしょう』
その言葉に、ヨルムンガルドは激昂したが、同胞の命には換えられないと全軍に撤退を宣言した。
身を翻して、大波を起こしながら水中に没するヨルムンガルド。
その姿を見た、水路の防衛にあたっていた兵士達から、歓声が上がった。
(撤退してくれてよかった・・・。こちらも、魔力が限界でしたからね・・・)
実の所、ジークフリートとガルガンチュアの最終決戦で、結界の維持に魔力を消費していたジークルーネも限界であったのだった。
魔神族撤退!
しかし、その裏で一体何があったのか・・・。
以下次回!!




