死者の王
改めてシグルドは、宝剣グラムを観察してみた。鈍い灰色の刀身は錆一つ浮いていない。その握りやガードの部分にも、埃一つ付着していなかった。おそらく、死霊騎士達が手入れをしているからであろう。そんな、国宝ともいうべき剣を司教ミーメはこともなげに抜いてみろと言うのである。
(俺がこの剣を抜ける訳無いだろ!)
と、シグルドは思ったが、試してみたいという気持ちも確かにあった。こういうシチュエーションに、滅法、興味があるのは、男として生まれた以上、仕方の無いことであった。
「よし!」
そう気合いを入れて、剣の握りを両の手で掴み、息を大きく吸い込んだ。
「ふん!!!」
シグルドは渾身の力を籠めたが、グラムはビクともしなかった。
そこで更に、魔導装甲の力を解放してみた。
全身に刻まれた刻印が、赤い光を放ち、シグルドの両の足が聖堂の石畳にひびを入れるが、それでも剣は少しも抜ける気配がしなかった。
「くそ!やはり駄目だ!」
シグルドは、剣から両手を放した。
その光景を司教ミーメは首を傾げながら見ていた。
『これは一体、どういうことであろうか?』
実の所、司教ミーメは、このシグルドという青年に、かなり期待していた。その目論見は、見事に外れてしまった訳である。
ゼエゼエと乱れた息を整えながら、シグルドは思った。
(やっぱり、人生なんてこんなものだ。うまくいかない事の方が多いのは解っているはずなのに・・・どうして俺は期待してしまうんだろうな・・・)
この場所に導かれるように来た時は、もしかしたらなどと考えていただけに、シグルドは恥ずかしい気分で一杯になった。
しかし、更なる試練がシグルドを襲うこととなる。
大聖堂に連なる通路から、規則正しい足音が聞こえ始めたのだ。
一人や二人の足音ではない。
大勢の足音が近づいて来るのだ。
シグルドは、大聖堂の入り口を見て、その足音の主人達を待ち受けた。
すると入口が開き、そこから、死霊騎士達が二列縦隊となり入ってきた。
列は長く、二百体ほどの死霊騎士が揃っていた。
シグルドの前で列は止まり、騎士達は左右に分かれて剣を一斉に抜き、掲げ持った。
その奥から現れたのは、胸部に獅子の顔を模った黒い魔導装甲を纏う、圧倒的な鬼気を放つ死霊騎士だった。
その額に付けた、サークレットのような簡素な王冠を見てシグルドは悟った。
(これが剣王ジグムント・・・桁違いの強さじゃないか。)
だが、三度シグルドを違和感が襲う。先程見た幻に、目の前の死霊騎士の王が重なるのだ。
(いや!有り得ない!それよりも相手は、戦う気満々なんだ。集中しろ!!俺!!)
シグルドは無理矢理、自分に言い聞かせ、その違和感を振り払うと、剣王と謳われた存在に、全神経を集中させた。
運命に弄ばれた二人の存在は、こうしてお互いの正体に気付くことなく巡り合った。
試練その一です。