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僧侶の話を聞いて、余計なことを思い出した。
初恋の姫に誓った平和への想いと、本当の約束。
僧侶と魔法使いと商人との出会いと友情秘話も、全て忘れていた。
それを捨てなければ、当時の俺は知性ある生き物を殺せなかったのだ。
俺は本当に醜く、弱く、脆かった。
しかし、別に初心を思い出しただけで、今更、善人になど変わらないし、変われない。
俺が俺を捨てたからといえ、別人になった訳ではない。
俺はもともと自己中心的で、人を殺すことに何も思わない。
たぶん、日本に居た頃は周りと違うことを怯えて、気づかないよう蓋をしていただけだ。
――それでも、戦う理由と、仲間がいた事はくらいは思い出せた。
俺の居場所を奪うやつを、倒す覚悟もできた。
きっと奴の行動は正しいのだろう。
ただ、その加減が狂っているだけで。
それでも、俺は奴を認められない。
勇者は二人も要らない、俺が、勇者だから。
忘れてしまったことを受け入れて、気分は悪くなかった。
今までの悪行を思い返しても、さほどの後悔はなかった。
今の俺として生きていこう、生きていたいと思えたえた。
だからこそ、姫様との約束を果たすのは俺でなくてはならない。
僧侶に罵られて、魔法使いに悪戯して、商人の金づるも俺でなくては。
断じて他のやつには譲れないし、それを奪おうとした奴を許せやしない。
酷く自分勝手で、最低な理由。
それでも、自分から目を背けて生きている今までよりは、ずっといい。
俺は、僧侶に感謝を伝えた。
あのとき命を張って助けてくれたことと、変わってしまった俺の傍にいてくれたこと。
「気持ち悪い。ごめん本気で吐き気がするからやめて」
そう言う、僧侶の頬は少し紅かった。
非常に可愛くて、この場で抱きしめたいくらいだ。
「ちょっとだけ待っててくれ。お前を金ピカなんかに渡さない」
もっとも、それは少し我慢だ。
偽勇者を倒してから、もう一度旅に出てからだ。
「別にあなたのものになった覚えなんてないけど」
「そりゃ心外だ。じゃあ、俺のものになってくれ」
「……姫様が居るというのに、気の多いこと」
ゴミクズの節操の無さを舐めないで欲しい。
僧侶には何処とは言わないが舐めて欲しい。
「僧侶も魔法使いも商人も俺のもの。姫様も、美人と噂の魔王だって俺のもの。
勇者なんだ、それくらい望んでもいいだろ?」
「いつか刺されるわよ」
「それは嫌だな、でも皆優しいから大丈夫だって」
「じゃ、私がいつか刺すわね」
そう言いながら笑う僧侶は、実に楽しそうだった。
「……それはそれで楽しそうだ」
久しぶりに僧侶の笑顔を見た気がする。
普段の邪悪な笑みは笑顔と呼びたくない。
それから俺たちは安宿に泊まり、他愛もない昔話は翌日まで続いた。
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少しの仮眠の後。
気持ちを入れ直した俺は呼び出された広場に赴いた。
そこには少し機嫌の悪そうな偽勇者が居た。
「遅かったね」
「悪いな、こっちには時計なんてないからな」
「今更交わす言葉も無い、始めようか」
「構わない、引く理由もない」
その言葉を皮切りに互いの剣が走る。
奴の繰り出す魔法は速く、剣もまた速い。
煌めく魔法は、様々な色、速さ、形で襲い掛かってくる。
しかし、俺の剣はその二倍も速くはないけれど、一度振って三つ殺せばお釣りが出る。
伊達に剣一本でやって来たわけじゃない。
曰くこの世界の剣には闘気が宿る。
いわゆる気の感覚なんて俺にはこれっぽっちも分からない。
しかし、魔法だって斬れると思い込めば斬れるという、魔法騎士団長の言葉は実に分かりやすかった。
その剣は極めれば空と大地さえ斬り裂くという眉唾物語も聞いた。
奴の剣を弾き、喉元に踏み込み、返し刃で胴を払う。
それでも奴は必死に食らいついてきて、手数が減ることはなかった。
もし、俺が、少し未来の見える眼に頼って戦っていれば負けていただろうか。
奴は本当に優秀で俺の地力では恐らく本来は少し、足りない。
だが剣に対する執着は誰にも負けず、俺の完成した剣は城さえ砕く。
未来を見るより、今を指一本でも速く、正しく、鋭く斬る。
それだけに集中しなければ俺の剣は完成しない。
一呼吸置くまもなく戦況は変化し続ける。
俺の剣は一振りごとに奴を追い詰める。
やがて偽勇者に限界が訪れる。
魔力、体力、気力、その全てを使い果たしたようだ。
あれだけの動きを続ければそうなる。
俺は剣しか使えないから、コスパがいいというのは商人の弁だ。
もっとも俺も言えるほど余裕はないが。
それでも、まだ十分戦える。
程なくして、決着は着いた。
奴の剣は折れて、俺の剣は胴を払い、偽勇者をふっ飛ばした。
俺は奴を止めを、刺さなかった。
殺せなかったわけでは、多分無い。
当然、民衆の歓声はなかった。
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戦闘の後、僧侶を引き連れ、俺は街の外へと向かっていた。
眼も頭も覚めた。
ならば次は、魔王を倒さねばならない。
当然だというような、すまし顔で僧侶は付いてきた。
「ゴミクズ勇者の被害者を増やさないために、私が犠牲になってあげるだけよ、勘違いしないでね」
伝わらないだろうが、ツンデレ乙と言ってやりたい。
うちの僧侶は、9ツン1デレの黄金比を備えている。
人の体を癒して、心を踏みにじる聖職者もどきだ。
少し行くと、道端に魔法使いが転がっていた。
彼女は俺の姿を確認すると擦り寄ってきた。
「勇者様~ 私は勇者様についていきますよぅ」
「じゃあな、あのイケメンによろしく伝えておいてくれ」
同じようなコントを僧侶ともやった気がする。
一応、この王国ではあの偽勇者が正式な勇者で、俺はクビになった生ごみだ。
魔法使いは、少し見ない間に胸がでかくなったようだ。
商人と僧侶は残念なので、格差社会はより激しくなっている。
「何言ってるんですか、勇者様。 あーいう気障ったらしい童貞を勇者とは呼ばないですよぅ」
そうだ、こいつ育ちが悪い上、ストーカー気質だった。
昔男に振られてショックで魔法の道に進み、ストーカーを極めていたらしい。
その男がどうなったかは知らない、話すとフヒッと変な笑い方をして誤魔化す。
可愛くなかったら殴ってる。
それでも、うちのパーティーの頼れる諜報役を兼ねている。
道なりに、もう少し進むと、道のど真ん中に商人が居た。
「おぅ、久しぶり、儲けてるか?」
「やぁ、やはり君の方が金回りが良くてね、クズだけどさ」
「その言い草で付いて来るのか?」
「もちろん行くよ」
商人は金の亡者なのでついてこないかとも考えた。
国からの支給もなくて、儲けなんて出ないだろうに。
それでも付いてきてくれると聞いて、少し嬉しかった。
「あぁ、良かった男一人は肩身が狭くて」
「ぶっ殺すぞ、あと金返せ」
商人は商家の三女で、行き倒れの所を助けてもらったのを覚えている。
あのときの借金だけは、未だ返していない。
久しぶりに四人で歩いた。
それは少し感傷的な気分にさせて、もう二人くらい欲しいなと口にした。
そしたら口をそろえてゴミクズと言われた。
うちの仲間は皆、口が悪い。