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 あれは、俺が勇者となって最初の強敵との戦いだった。


 数ヶ月に渡る訓練を終え、辿り着いた最初の目的地。


 荒れ果てた草原の中不気味な存在感を放つ石造りの巨体。

 ――人族領で唯一、魔王軍の幹部に占拠された砦でのことだ。


「思っていたより、お早い到着のようだな。

 勇者よ。我が配下を打ち倒しここまで来たことは讃えよう。

 ――だが、貴様の墓場は此処だ、せめて美しく死ぬといい」


 青白い肌に巨大な角。

 それらを持ちながら、目の前の男はあまりに人間のように見えた。

 醜く知能の無いゴブリンなどと違い彼の目は知性と敵意を持っていた。


 こちらの無言を戦意の肯定と見たか、奴は楽しそうな笑みを浮かべて剣を振りかざした。

 

 剣と剣がぶつかり火花が散り、砦全体に振動が響き渡る。


 目の前の人型魔族は、その理性を持って俺たちを殺そうとしていた。

 向けられた純粋な殺意に恐怖を覚える。

 

 何合いか剣を交える。

 彼の剣は鋭く重い、恐らくこの大陸のどんな人族よりも強いだろう。

 

 互いに魔法を使わないゆえ、純粋な剣舞が続く。


 冷静に彼我の戦力を比べる。

 剣速と力具合を見るに間違いなく俺のほうが強い。

 

 だが、俺は攻めあぐねていた。

 饒舌に前口上を述べた、目の前の人型に殺意を向けることができなかった。

 殺意のない、急所の狙わない剣などでは、奴の命はおろか体にすら届かない。


 それが分かっていてもなお、俺の剣は鈍く、重い。


 今までの俺は、知性があるか疑わしい下級魔族を殺すことすら避けていた。

 彼らの殺意がこちらに向いても、俺は殺意を向けることを躊躇った。


 敵を打ち倒した後、全てトドメは商人が担当していた。

『剥ぎ取り役も兼ねていますので』

 そう言う彼女にはひどく世話になった。

 か弱い女子にそんなことをさせたくはなかったが、何度覚悟しても俺にはできなかった。


 ――俺は臆病だ。


 命を奪う覚悟もできない出来損ないの勇者だ。

 ただ逃げないと意地を張ることしか出来ない。


「生温いな勇者。お前のような者が勇者と呼ばれているとは嬉しい誤算だ」


 俺が実戦経験なしであることを差し引いても、やはり奴は強い。

 こちらが肩で息をしているのに、奴は涼しい顔をしている。

 何度か剣戟を受け損ね、俺は少しの血を流していた。


 だが、負けられない。

 殺せなくとも、俺が負ければ、皆が傷つく。

 

 この近くの荒れ果て蹂躙された村の光景が目に浮かぶ。


 このままでは世界が救えない。

 俺に希望を託してくれた姫様の顔に泥を塗る。


 それだけを想い、意地と気合で剣を振り続けた。

 幸い奴も剣以外の得物はなかった、戦況は拮抗しているように見えた。

 

 しかし、こんなものは緩やかな自殺でしかない、やがて俺は負ける。

 

 俺は覚悟を決めなければならない。

 例え悪いことであっても禁忌であれど、成し遂げる勇気を持たねばならない。


 剣戟の合間に息が上がる。

 時間はもう、ない。

 

 俺は考えることを止めて、奴を殺すための一太刀を振るった。

 


「甘いな、だからこうなる」



 渾身の一太刀を振り終えるとき。

 倒れていなくてはならない奴から、言葉を浴びせられる。


 気づくと。

 目の前には血だまりがあった。

 その中に一人、倒れていた。


 

 銀色の髪が広がり血に染まる姿は、酷く病的に美しかった。


 

 ポツリと銀髪の少女――僧侶がなにか呟いた。

 その声は虚空に染み入るように消えていった。


 少しの逡巡の後、理解が追いついた。


 俺の剣が、覚悟が、届かなかったのだと。


 倒せなかった奴はその剣で、身を挺して俺の前立った僧侶の身体を引き裂いた。


 最後の最後まで俺は、本気で目の前の敵を斬れなかったのだ。



「―――殺す」



 ふと心の底から声が出た、憎悪とともに。

 

 せめて、殺さなければと思う。

 

 例え俺が死んでも、奴には報いを受けさせなければならない。

 僧侶があんな目にあったなら、奴はもっと酷い目に会うべきだ。 

 

 目の前の人型が息をしていることすら許せない。


「ほぅ、やっとまともな目をするようになったか。

 だが、もう遅いな。その傷では俺には勝てんだろう」


 慢心は常に死を呼ぶ。

 俺の慢心は僧侶の死を招き、奴の慢心は奴の死を呼び寄せた。


「そうでもないさ」


 集中する。

 五感の全てを奴を殺すためだけに向ける。


 剣筋が、奴が死ぬ未来が、幾らでも見える。

 ヒトはこんなにも脆かったのかと、感動すら覚えた。


 視えた光景に身を重ね、思うがまま斬り裂いた。


 一つ剣をふるうたびに身体が軽くなる。

 一つ傷を増やすたびに心が軽くなる。


 何度、何十度か分からないほど斬り続けた。


 やがて奴は動かなくなった。


 俺は、僧侶に駆け寄った。

 

 僧侶は俺を庇って、斬られた後も俺の傷の手当をしてくれたのだ。

 あのとき、僧侶が発した言葉は愛の告白でも辞世の句でもなく、事務的な詠唱だった。

 

 あれがなければ、俺は死んでいただろう。

 

「全くグズね。お陰で綺麗な体に傷がついたわ」


 僧侶は生きていた。

 王国一の治療術師というのは伊達でなかったらしい。


 別に自分の治療を諦めて俺を治してくれた、などという美談はなかった。


 僧侶が生きていてくれて本当に……嬉しく、嬉しくない。

 何だか分からないが酷く無感情だ。


 全てがこぼれ落ちてしまったような虚無感。


 

 直後、強烈な頭痛に襲われる。

 

 ぐにゃりと視界がゆがむ。


 薄れ行く意識の中で。

 あの日姫と交わした約束だけが頭の中に鳴り響いていた。


---


 それから先は、よく覚えている。


 命の重さを忘れた俺は、大した罪もない人すら斬った。


 初めは殺したのは盗賊団だった。

 街の人には感謝されて、小さな子どもに勇者様頑張ってなんて言われてた。


 次は街のチンピラだった。

 相当迷惑をかけている連中だった。

 やり過ぎだと仲間には言われたが、構わなかった。


 終いには、俺に歯向かう人を区別なく斬り捨てた。

 いつしか誰も俺に文句はつけなくなる。

 触らぬ神に祟りはないと言わんばかりに。


 もちろん、それ以上の魔物も魔族も斬り続けていく。

 魔王軍の幹部と言われる人型の魔族も、皆物言わぬ骸に成り果てた。


 唯一忘れていない約束に何かを求めて。


 そんな生活を続けていると、次第に酒と女に溺れるようになる。

 

 女性経験の無かった俺は、金目当ての女にあっさり堕ちた。

 酒の力と孤独にまみれた俺は抵抗すらしなかった。 


 人肌の温もりと、快楽は、荒んだ俺には麻薬のように性質が悪かった。


 やがて、俺は自分から求めるようになった。

 酒場の看板娘や踊り子、純朴な町娘も歯牙にかけた。


 その上、仲間にすら手を出して、下衆な笑いを浮かべるようになっていた。

 

 僧侶は俺が何をした後でも、相変わらず罵ってきた。

 魔法使いは俺が何をさせた後でも、悲しそうな眼をしてヘラヘラ笑っていた。

 商人とはドライな関係で、ある意味信頼を置いていた。

 

 俺は堕落した、最低辺のゴミクズだった。

 それでも、勇者として戦場では孤独に剣を振り続けた。

 

 文字通り屍の山も、見飽きるほどに。

 

 きっと魔の付く連中からすれば、俺は災害みたいなもので。

 いや、人間の街でも、そうだったのだろう。


 気付いた頃には、俺は歴代でも最強の勇者になっていた。

 同時に最悪の勇者だと国中に知れ渡っていた。


 ――これが俺の選んだ異世界の生き方だった。

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