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財布は温まり、身体は冷えて凍りそうだ。
街へと無事に帰ったあと、酒場へ向かった。
その途中の広場で、見知らぬ青年に呼び止められた。
広場にはいつもより多くの人が訪れていて、皆こちらを見ている気がする。
その中に、黒髪で薄ら笑いを浮かべかた男を見つけた。
俺以外では珍しい黒髪だ。
恐らく呼びかけたのはこいつだろう。
覚えている限り知らない顔だが。
しかし彼を見て、誰であるかは想像に難くない。
隙の無い立ち振舞に、魔法騎士団の剣。
恐らくは新しい勇者だろう。
事実、奴は俺に問いかけた。
「君が噂の元勇者かい?」
「いかにも、お前が新勇者様か」
問いただすようにな、お世辞にも気安くない声音だったので、相応の態度で返す。
「君みたいな乞食のような男が勇者と呼ばれていたなんて……」
俺の態度が気に食わなかったのか、奴はわざとらしく溜め息をつく。
周りに人が、集まってきた。
おそらく新勇者を一目見ようとする野次馬だろう。
奴はそんな連中を見やって饒舌に、声音だけは嫌味のない声でペラペラと喋る。
「僕は勇者です。もう心配はいりません。
このような男を勇者と恐れ、虐げられる必要はありません。
僕は民の味方です。
天より与えられし、この力で世界を救ってみせます!」
民衆が湧く。
すごい勢いで人が集まってくる。
なんだか、気分が悪い。
「まずは、この元勇者を名乗る犯罪者を倒し、牢獄へ送ってみせましょう。
街の平和は僕が守ります。こんな男の好き勝手はさせない」
別に何ら間違ったことは言ってない気がするが、ムカつく野郎だ。
「最低限、今まで勇者として働いていた君に敬意を示し、準備の時間くらいは与えよう。
明日の正午、街の広場で決闘を申し込む。負けたら素直に牢獄に入ってもらう」
「時間を与えたら逃げるかもしれないぞ?」
「既に君の居場所は仲間の魔法使いがマーキングしている、無駄な悪知恵は働かせないことだ」
魔法使いのやつか……あの時のこと根に持ってやがるかな。
「決闘はいいが、もし俺が勝ったらどうする?」
その言葉に奴は少し意外そうな顔をする。
「……万が一にもないけれど、その時は僕が勇者の称号を捨てよう。
もう君の行動に文句は付けない。もっとも君のような悪には決して負ける気はない」
「分かった、受けよう。お前さえ倒せば俺を止めようなんて馬鹿は居なくなる」
そう言うと奴は軽く笑う。
「それは尚更負けられないね。じゃあ最後の晩餐を楽しむといい」
そう言って奴と民衆は去っていった。
ミーハーな連中と気障な野郎だ。
新しい勇者ってなら、せめて女の子を寄越して欲しかった。
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もう誰もいなくなったと思って、帰ろうとすると、また声をかけられた。
今度の声は少女のものだ。
「誰だ?」
「分からないの? 相も変わらず、頭の中腐ってるみたい」
元仲間の僧侶だった。
こんな声でこんなことを言う奴が、二人もいてはたまらない。
少しどう答えるか迷ったが止めた。
相手にしないで宿に帰ろう、面倒くさい。
「……Ray」
僧侶の声が聞こえた直後、俺の頬が焼ける。
これは幽霊にも当たる聖職者が好んで使う魔法だ。
元仲間の商人いわく、コスパが最強なので一般に広く使われているらしい。
「いきなり人の顔を焼くって非常識だな」
「強盗・強姦・殺人、平気でやるゴミクズに常識を語る脳あるの? ないでしょう」
いけしゃあしゃあと毒舌を吐く。
いつもと変わらない僧侶だ、こんなのがうちのヒーラーだった。
白銀の長髪に、紫の瞳。
見た目は天使で、職業は僧侶。
当然、見て分かる通り中身は悪魔だ。
慎ましい胸に、慎ましくない性格をしている。
「何の用だ?勇者様のお守りはいいのか?」
「まさにその為に来たの。わざわざ出向いたんだから感謝して。
あっ、ごめんなさい……ゴミクズに感謝する脳はなかったわね」
やっぱり口を開くと残念すぎる。
というかコイツの辞書には罵詈雑言しか入ってないのか。
「俺はもう勇者じゃないし、お守も要らない」
「……そう。勇者じゃない割に、盗賊退治なんてやってるみたいだけど」
「情報が早いな」
誰にも盗賊狩りの話はしてなかった。
まぁ、どうせストーカーまがいの魔法使いの仕業だろう。
「それにゴミクズでも勇者は勇者でしょ。私はあなたが勇者でなくなったとは思ってないわ」
「冗談だろ? 俺のどこをどう見たら勇者だっていうんだ」
「それは私も同感だけどね」
僧侶はクスリと笑う。
その反応に苛立ちが隠せないが、どこか懐かしさと気安さを感じてしまう。
「あんまり舐めた口利いてると、またその服脱がすぞ?」
「……それは面白そうだけど、露出趣味はないから遠慮しておく。
土下座して頼み込むならいいけど」
「いいのか?」
こいつに一泡吹かせられるならそれも面白そうだ。
「いいけど、土下座した後、頭を踏みつけてもいい?
あれ、一回やってみたかったの」
なんでこんな奴が僧侶をやっているのだろうか。
こいつが僧侶らしい一面を見せたことは、いまだ一度もない。
二年間で一度もだ。
「まぁ、それはともかく一つ忠告してあげる。
あの金ピカね、天才よ。剣以外は多分あなたより出来るし、魔法も達者。
あなたと身体能力も大差ないレベルね。あと、犯罪者とかに歌劇で容赦なく、死人も出てる」
「金ピカ?」
「あの自称勇者のこと。魔法使えないあなたは分からないだろうけど、纏う魔力が金ぴかだったから」
俺がゴミクズであいつが金ピカか。
いいネーミングセンスしてやがる。
「それは不味いな」
「なら、諦めて逃げたらどう? 魔法使いのマーキングくらいなら誤魔化しておくけど」
「ありえない、逃げるなんて性に合わない」
「それでこそゴミクズ勇者」
いつものように嫌らしい笑みを浮かべた後、僧侶は初めて見る表情を浮かべた。
まるで聖職者のようなやわらかい笑み、夢でも見ているのだろうか。
そこには、少しの寂しさと悲しみを感じた。
「じゃあ辛いと思うけど、一つ昔話をしましょうか。逃げないでね」
――きっと聞かずに戦ったら、あなた死んじゃうから
そう言って僧侶は聞いてもいないのに、俺の知らない昔話を始めた。