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最悪最低の人生を送っていた俺は、突然見知らぬ土地に飛ばされた。
そこには金髪碧眼の、まるで絵本から飛び出したようなお姫様が居たんだ。
彼女は、鈴の音のような声で俺にこう語りかけた。
「勇者様、どうか世界をお救いください」
その日、俺は勇者になった。
世界で最も忌避され、後世に渡る悪名高き"勇者"になった。
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――俺は見捨てられた。
ある日、俺のもとに王国からの手紙が届いた。
目に余る狼藉と新勇者の召喚に成功したため、魔王討伐の任を解く。
要約すると解雇状だった。
長きを共にした仲間は王城への召喚命令に従い、新たな勇者の元へと去っていった。
「ふざけるなっ!」
思わず、歩いていた猫を蹴り飛ばす。
が、避けられて余計に腹が立つ。
二人目の勇者召喚ができるなど聞かされてなく、勇者に解雇があることも知らなかった。
なんでだろうか。
なぜ俺がこんな目に合わなくてはならないのか。
俺は異世界から召喚されて、常人以上の力と剣技を身につけた。
擦り寄ってきた女を食って、酒を飲み散らかしながら、魔物を斬り続けた。
村娘をヤリ捨てたり、刃向かってきた男たちを斬り殺したりもした。
だが、それを許されるだけの働きはしたつもりだった。
魔物で構成される万の軍勢を屍の山に変え、魔王軍の幹部を何人も殺した。
どんな時でも敵の前では決して引かず、魔の付くものを退け続けた。
それを奴らは仇で返しやがった。
仲間の僧侶に露出プレイを強要したのがまずかったのか。
それとも魔法使いを村の男どもと輪姦したのがバレたのか。
数え上げればキリがないくらい俺は真っ当にクズだった。
仕方ないだろ、英雄色を好むって言うじゃないか。
命を張って戦っているんだ、それくらい役得があってもいいだろ。
そもそも仲間だって、皆美人揃いで露出も多い。
何より戦闘で役に立たない。
こういうコトの為に用意されていたとさえ思っていた。
ひとしきり、頭のなかで罵詈雑言にまみれた呪詛を唱える。
少しだけ、冷静さを取り戻せた。
言い訳なら幾らでもできる。
しかし、俺が解雇され、国から必要とされなくなった事実は変えられない。
今更いい子ちゃんぶっても無駄だと思う。
それに、今すぐどうこうと言った問題はない。
どうせ国の兵士がやってきても俺には勝てない。
仮に新しい勇者とやらがどれだけ強くても、関係ない。
俺は最強の勇者だ、怖いものなんて、何もない。
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それから、特にすることもないので、今晩の宿を探し歩いた。
ふと、見覚えのある店構えが目についた。
この街に来たのは数カ月ぶり。
魔王城の在処を確認した俺達は、準備という名目でここまで戻ってきていた。
魔王城と王城の中間地、安全圏ギリギリのそれなりにのどかな街。
少し古ぼけて、温かい色調のレンガづくりが目立つ街。
王都でも田舎でもない、適度な賑わいと豊かさを持っている。
そんな街の少し外れ、変哲もない宿屋だった。
記憶が正しければ、綺麗な看板娘がいたと思う。
宿に入ると、宿屋の主人に泊りを断ると言う。
国から既に事が伝わっているのか、それとも……
考えを少し巡らせたが、剣を抜いたらすぐに大人しくなった。
情けのない男だ。
昔ここに泊まった時、娘を無理やり部屋に連れ込んだこと、忘れてはいないだろうに。
「あ……」
そんなことを考えていたからか、宿屋の娘が顔を出した。
眼のパッチリした栗毛で、見覚えのある小さな顔だ。
もっとも、今その顔は恐怖に歪んでいた。
その顔は酷く心を苛つかせる。
露骨な態度を隠そうとしないことも、無駄にその顔が可愛いことも無性に腹が立つ。
「何こっち見てんだ、目障りだからどっか行け」
堪らずそう言うと、彼女はうさぎが跳ねるような勢いで、奥に引っ込んでいった。
その光景を見てか、宿屋の主人は気持ち悪いくらいに媚を売ってきた。
「す、すみません! うちの娘が粗相を」
「黙れ、二度と俺に話しかけるな」
そう口にしたら、宿屋の主人も勢いよく奥に飛び込んでいった。
似たもの親子だな。
まるで俺は腫れ物だとでも言いたいのか。
いや、事実腫れ物なのだ。
きっと俺に触ると火傷するとでも思っているのだろう。
本当に全てが馬鹿らしくなる。
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自分の部屋に入るとどっと疲れが出てきた。
なんだかやる気がでない。
かつてないほどの無気力に襲われる。
ふと感傷に浸りたくなる。
俺は何の為に戦っていたのか。
まだあの日から、二年も経ってないはずなのに。
忘れてしまった。
本当に、思い出せなくて。
でも、まぁ、人気者になりたかったとか、その辺だろう。
日本にいた頃の俺は、強面の顔が不幸をなして、今と大差ないほど、人に避けられていた。
学校に行けば、誰からも無視されて、話しかけると逃げられた。
街を歩けば不良に絡まれ、家に帰れば母親の連れ込んだ男に殴られる。
そんな不幸まみれの俺に、異世界召喚は与えられおた最後のチャンスだと思った。
そして、召喚された俺は勇者と讃えられた。
冷たかった世界が、あの時だけは温かく感じた。
みなぎる力に、異常な速度での理解できる合理的や剣の振り方。
国で最強と言われる魔法騎士団の団長でさえ、すぐに雑魚になった。
俺は人気者だった。
何をしても笑って許されて、美味しい思いをいくらでもできた。
辛いこともあったけれど、昔に比べれば何でもなかった。
なのに、何でこうなるのか。
どうして世界は俺を嫌っているのか。
変わったと思っていた世界は、その実何も変わっていなかったのか。
これから俺はどう生きていけばいいのだろうか。
今、その答えは、でない。
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あれから、どれだけ経っただろうか。
俺は酒と女に溺れていた。
宿屋の娘は意外と悪い気はしてなかったようで、何度も部屋に連れ込んだ。
殆どの人間は近寄ってすら来なかったが、彼女は違った。
ひょっとしたら彼女も寂しがりだったのかもしれない。
父親と仲が悪くて、仕事も忙しいから友達もいないと笑っていた。
もう少し身綺麗にしろだの、酒臭いだの小言も聞いた。
ここもそんなに田舎じゃないだろうに、街を出たいと偶に呟いていた。
そんな素朴な可愛い娘との爛れた生活は、睡魔のように避け難かった。
しかし、そんな生活を続けていると財布の底が付いた。
それを確認した俺は、酔いを覚まして、冷えたからだに鞭を打ち、旅支度を始めた。
金が無いなら稼がなくてはならない。
流石に無銭飲食を続けていては、ひとつの土地に長くいられない。
ひとまず、あたりに巣食い始めた盗賊退治と洒落込む。
モンスターは金を落とさないつまらない世界だが、奴らは金を落とす宝箱だ。
準備と言っても装備は剣だけ。
汚れたら嫌なので安物の外套だけ羽織って外へと踏み出した。
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盗賊は噂通り街道沿いを歩いていたら、すぐ現れた。
わざわざ探す手間も省けた。
人数は五人。
「そこの坊主、ここを通りたくば有り金全部と、その剣を置いていけ」
ずいぶんと穏やかな連中だ。
強い魔物だって現れかねない地域の盗賊にしては、統制がとれている。
ここらに居るのは大抵、大きな罪を犯して国から追われている猛者たちだ。
俺は無言で剣を抜く。
先に剣を出したほうがなど、まどろっこしい考えは持たない。
死人に口はないのだ。
それを見た三人が同時に駆けて、後ろの二人も少し遅れて迫ってくる。
やはりとお言うべきか、みすぼらしい格好になった俺は、元勇者になど見えないらしい。
そうと知っていたら、襲わないだろう。
更に言うと、手持ちの剣は魔法騎士団の専用装備だが、それすら知らない連中らしい。
三人があと三歩で俺の間合いというところで、少し視界に集中する。
あまり気持ちい感覚ではないが、奴らの動きがゆっくりに視える。
そこから三歩踏み込んで、一人目の首を跳ねる。
そのまま、後ろの二人に襲いかかり駆け抜けざまに、剣を振る。
一人の顔を真っ二つに、もう一人は胴体ごと切断する。
振り返ると、恐怖に歪んだ残った二人の顔が見える。
逃げる様子もないので、跳びかかって斬る。
そこで少し落ち着いたのか逃げ出そうとした最後の一人の背中を、切り裂いた。
血の、返り香が身に染みる。
しかし、服は汚れなかった。
ひどいものだ。
人の命を奪っておきながら返り血すら浴びようとしない。
後は、淡々と奴らの持ち物を探った。
想像以上の金額があった。
しかし、一人の男が持っていたペンダントを開けてみると気分を損ねた。
――そこには見知らぬ女性と小さな赤ん坊が写っていた。
妻子のいる奴がこんな仕事に就くものじゃない、巫山戯やがって。
全くもって余分なモノを斬らされた。
苛立ちを抑えながら全ての作業を終えたころ。
懐は暖かくなったが、虚しさは増した。