本屋
楽しくなってきたら、身構えなくては。
私は本屋が好きです。一番手前に電車の広告と同じ、話題の本があって。左奥には文庫本がある。表紙のつくりに目を奪われて、タイトルの言葉遣いに恍惚とする。右の方に行くと、芸術に関するコーナー。バレエや映画、吹奏楽は……昔ほど貪れなくなってしまいました。音楽の本、写真集。さながら宝箱のようです。将来、製図をするなら絵は描けたほうがいいな、自分の思ってることを吐き出すのにも役立ちそう。ぐるっと回って、エッセイ。いろんな人の生き方があります。何が正解か、なんて。誰も解らないのに。
やっと、自分の身の上の自由に気が付けたように思います。何でもできて、どうにでもなる環境。人は目の前に壁がある時はいくらでも希望や理想を述べて、不満も零せるのに、どうして。すべては自分次第だとわかると息が詰まるのでしょうか。……痛いな。
熱が下がったら、咳が止まったら、完治。そんなにきれいに判らないから、私の管轄が何処まで及ぶのかもわからんのです。この体調は何の所為で、この涙は何が故で。いつになったら治るのかも、いつになったらまた動けなくなるのかもわからないままで。調子がいい日、テンションが高い日が続いたら、身構えなくてはなのです。年末以来通院してないのでそろそろ行かんとなぁ……。テストもあるし。
ときどきぼんやり思うことがあります。「現実的な夢」って何ですかね。一見矛盾しているような気もします。要は「叶えられる夢」と「叶えられない夢」を自覚しろってことなのでしょうか。でも、叶えられないかどうかは、本気でやってみないとわからないじゃないですか。歌の本を目に留めるたび、舞台のCMが流れるたび、心がぎゅぅってなるんです。ただでさえ「このまま進んでいったら」も、わからないうえ、「行きたい道」も描けないままで。どちらにも捨てたくないものがあるから、何に気持ちを詰めて行ったらいいのか迷走。昼休みに同じ部活の人がピアノとギターでセッションしているのを見て、そっと憧れて。
昼休みの時点で空っぽのお弁当箱を横目に、音楽室に駆けこんで行く日々です。
某三郎と、歌ってます。




