そうっと
得体の知れない感情を言葉に併せる。音に乗せる。絵に込める。
そういえば、そうやって生きてきたんだっけ。
視界が歪んで息が上がって、怖くなる。けれどそれは「病名」じゃない。でも確かに怖い。でも偽物かもしれない。負の思考回路が止まらなくなったのは、先日の部活中でした。
早退して、快速乗り継いで、財布見たら千円とちょっと。診察券もなくて、走って家を経由しつつ病院へ。雨が降ってきたり、足痛めたりしながら診察時間終了間際に滑り込みました。
前回は久しぶりで、ちょっと緊張しちゃって。お医者さんに対しても「いい人でいよう」のスイッチが入っちゃってたのかもしれません。
今回はそんな雑談もなしに、訊きたいこと、怖くても訊きたいことを、じゃんじゃん訊いてきました。
昔「うつだね」って言われたのは、あれは「うつ状態」ってことですか?
回答は肯定していました。うつ病としてのうつ、ではなく、それは誰もが起こりうる、「うつ状態」を指していたようです。
テンパって書物を読み漁った昔の自分に苦笑い。でも、新しい視点を知れたからいっか。
怖くなったら薬飲んで、辛いときはこれからの人生を妄想しなさい。
やりたいことがわからなくなったら、興味のある本とか読み漁りなさい。やりたいことはどんどん経験してごらん。その中に君にとって新しい大人の姿がみえるかもしれない。
君は外との壁が薄くなってるんだな。他の人との比較に敏感なんだ。
もしかしたら、私には「誰にも言えないこと」なんてないのかもしれない。大切に隠しておいても苦しかったりもしたから。縋ろうにも、からっぽだったから。
新学期が始まって、あまり調子が良くなくて、相変わらず「怖いもの」の正体はわからず、良くなりもせず。色んな人に自分のことを話したような気がします。欲しいのは同情じゃなくて、ただ淡々とした理解。中学の頃の彼女さんにも、高校の友達にも、副顧問で副担任の先生にも。……お母さんにも。
自分を話すということがどれほど怖いか。新しい環境にはそれぞれ突出した能力を持つ人がいる。「君は周りに圧倒されているんだな」なんてお医者さんはやさしく言う。
人生を80年だとしても、君はまだ半分も生きていない。そんなときに何か完成することなんてそうそうないだろう? この前大学生が来て、「僕は中学も高校も失敗ばかりで、だめな人間だ」なんて言っていたけれど、彼もまだ若い。むしろここまで失敗という経験を積んできた人の方が、後々大成するだろうね。
高校はとっても楽しいのですが、やはり一つのネックは男女比でしょうか。
中学の頃みたいに手を繋いだり、ハグしてもらったり、そのまま泣いてみたり。なんて頼り方をしようにも、40人のクラスに女子が6人しかいないもので……必然的に相方さん以外の人にも相談してみたりするのです。でも何処までなら、ただの関係なのか、何処までいってしまったら相方さんを傷つけてしまうのか。学校でも相談できる人がいないと……つらい。もんもんもんもんした末に。相談したのでした。
「あんたは本当に人間関係に体当りで、いい意味でばか正直だねぇ」お母さんは笑う。
泣きたい時に泣いて、笑いたい時に笑って、怒りたい時に怒る。お母さんはそんなことができない子供だったんだよ。いっつも愛想笑いしていて、人間関係も薄っぺらだった。だから、そんな憩がうらやましいよ。
本当に素直なんだね。……もうちょっとわるい子になってもいいんだよ?
お母さんもたまに病院行って、私の話とお母さん自身の話をするそうです。そのときに年の離れた弟が2人いたことも早くに自立し過ぎた原因なのでは、と言われたそうです。
高校の友人もいい人達ばかりで。
友達じゃない関係だって思うと、そういう風にもなっちゃうから。あんまり深く考えすぎないで。だめだだめだって思うより、ちゃんと自分に逃げ道を作ってあげて。俺も昔いじめられたりもしたけど、ちゃんと逃げられるようにできてるから。過去とか未来とかを深く考え過ぎるより、いまをちゃんと生きてみた方がいいよ。
……のようなことを。
「あ、いまのは過度だったな」って思えることが増えてきました。相変わらずテンションは上下もするけれど。高校でフリーズしちゃったり、ふわふわしちゃって自責を感じたりもしたけれど。
やっぱりひとは、あったかい。
信じることも信じられることも、難しくてときどき辛いけど。きれいごとじゃぁ! ってちゃぶ台返したくもなるけど。
私、いま ちゃんと生きてるなぁ
そう思いながら、物理のレポートを開くのでした。




