昔の家
木苺の枝が私の腰ぐらいにあった。
赤い実を摘むのは結構簡単で、すぽっと抜ける。
ハサミも要らずにぽろりと採れる。
私が生まれたのは関東平野のど真ん中だった。
生まれてから中学に入るまでは、この街では田舎と呼ばれる場所にいた。
コンビニも信号も駅に近くならないと無かったし、田んぼや畑もたくさんあった。
この街に来て、バスを利用する人をちゃんと見たくらいに。
夏は暑く、冬は寒い家に住んでいた。
お父さんが常にあったかくって、季節によって人気が左右していたっけ。
庭で育てていた木苺を木のお皿に沢山摘んで戻ってくると、お母さんが驚いてた。
それでも半分くらいは私がつまんでしまい、残ったちょこっとずつを冷凍してジャムを作る。
小さな氷の粒がついた赤い実がお母さんの手によって、とろとろになっていくのを椅子を引っ張り出して見ていた私がいた。
夏に、それをバニラアイスにかけて食べるのが至福のときだった。
母は昔、味噌やぬか漬けも作っていた。
台所の床に扉があって、そこから茶色い大きな壷を出して何かを練っていた。
妹が生まれても、初めてうちに白い犬がやってきたときも。
我が家は我が家だった。
階段の窓にイモリが張り付いたときは誰かが皆を呼んで「おぉー」と歓声をあげたりした。
妹は室内ジャングルジムで新手の技を繰り広げたり、白い犬とお父さんが狭い家の中で追いかけっこしてたりした。
思えば、あのときの母は母で。私は娘だったのかもしれない。
いや、あのときは私は子供という意味で娘だったのかもしれない。
何かわからないけど、娘にはもう少し違う意味があるような気がする。
それは父にも言えることで。
母がすぐ飽きてしまう深く重い真面目な話でも、父はずっと聞いてくれる。
父親という存在に、少しずつ何かが加わっているような気がする。
私は変わる。家族も変わる。
それでも、笑って許し合えていけたら嬉しい。




