6*絆 (夫婦編)
シェアハウスに引っ越して、2週間。
出産まで後、6週間位か。
そろそろベビー用品、揃えなきゃね…
そんな事を考えながら、私は政幸の病院へ来ていた。
いつも通り、ナースステーションの看護師さん達に軽く会釈し、病室へ向かう。
抗がん剤治療の副作用で、常に吐き気と戦っていた政幸に、今日は千代子さんがリンゴを持たせてくれた。
…コンコン。
…政行、寝てる。
目の下は少し黒ずみ、眉をしかめて苦しそうに眠っていた。
私は起こさない様、静かに荷物を置き椅子に座る。
メキッ…!!!
ち、違いますよ!!
太ってるんじゃないですよ!!!
パイプ椅子が…
妊婦がパイプ椅子に座っただけですよ!!!
政幸がゆっくり目を開ける。
「起こしちゃったね…。」
私は申し訳なく思い、上目遣いで政幸を見た。
そうだ。リンゴ…
「お前さ、毎日毎日、俺の苦しい顔見て、なんか楽しい?……ニコニコしやがって……。」
政行…どうしたんだろう。
私を真っ直ぐに睨み付けている。
苦しいよね。 八つ当たり、したくなるよね…
私は聞き流してあげることしか…
「今日ね~、リンゴ持ってきたんだけど…」
カバンに入れてきた、タッパーを取り出し、政幸に差し出……バシッ!!
ベットの周りに、食べやすく小さく切られたリンゴが散った。
「水飲んでも吐くんだよ!!こんなもん、食えるわけないだろ?支えてますズラすんの、もうヤメロよ!!」
…なにも言えない。けど、なにか言わなきゃ。
そんなわけないでしょ~! とか、
私だって頑張ってんだから! とか、
弱音吐くな! とか……
だけど、私は何も言えず、落ちたタッパーを拾い、リンゴを1つずつ集めた。
泣くな!泣くな!
だけど自然と涙が溢れる。
全部拾い終え、タッパーのフタを閉めて、押さえきれなかった涙を拭き、窓の外を見ている政幸に言った。
「じゃあ、全部、終わりにしよっか。」
政幸、こっち向いてよ。
私の顔、見てよ!
あんた、私のこと大事にするんでしょ?子供たちとも楽しい事、たくさんやるんでしょ?
もうすぐ赤ちゃんも産まれるんだよ?
出産、立ち会うんでしょ?
政幸の苦しい顔見て、楽しい訳ないでしょ?
ニコニコしてるのはそうしなきゃ、
私はそうしてなきゃいけないからでしょ?
私の笑顔、好きなんでしょ?
…言いたいことは山ほどあった。
だけど私はそれ以上に、政幸の心が壊れていくのも見たくなかった。
私の言葉に黙ったままの政幸に再び言った。
「ねえ、政幸。そんなに苦しいならやめていいんだよ。」
だけど私は政幸に、『終わりにしたくない。やめない。戦う。』そんな前向きな言葉を期待した。
…どうか、どうか乗り越えてほしい。
…どうか、どうか負けないでほしい。
だけど、政幸は顔に手を当て、俯いたまま…
「もう……本当に……やめたい……。」
今にも消えちゃいそうな細い声で呟いた。
1本筋の通った、強く心の広い、優しい政幸を
こんなに苦しめる奴が憎い。
憎くて憎くてたまらない。
入院してからずっと、弱音ひとつ吐かなかった政幸。
私は言いたいことを全て心にしまうことにした。
もうこれ以上、頑張らせてはいけない。
そう自分に言い聞かせて、
「うん。じゃあ点滴、はずしてもらおう。看護婦さん呼んでくるね。」
点滴をはずすことは、抗がん剤治療を中止すること。
抗がん剤治療を中止することは、病巣が小さくならないということ。
病巣が小さくならないということは、手術が出来ないということ。
手術が出来ないということは…
暫く私は目を閉じて考えた。
私はね、1日でも、1時間でも長く生きていてほしい。
政幸が苦しいとか嫌だとか言ってもそうしてほしい。
だって、私には政幸という存在が必要だもの。
だけどそんな考えは私のエゴに過ぎない。
だから政幸の言った通りにしてあげなきゃ。
もう充分頑張ってくれたじゃない。
ゆっくり目を開け、小さく深呼吸しパイプ椅子から立ち上がる。そして背を向け、ナースステーションへ向け、一歩……。
ーー!!
私の左腕を力一杯、政幸が掴んだ。その、掴まれた手を私は見る。
「おい、美鈴……俺、ホントは生きたいんだよ。賢人と義人のパパでいたいんだよ。1日でも長く、家族でいたいんだよ。お腹の子にもさ、逢いたいんだよ。」
涙声で政幸は、私にそう言った。
私は政幸の顔を見ることが出来ず、その掴まれた手を見続け、小さく頷く。
「うぅ~…だから……お前さ……うっ……俺にさ……
ガンバレって言ってくれよぉ……。お前がいなきゃ俺、頑張る意味がわかんなくなるんだよぉ……」
私は再び小さく頷く。
「俺が、もう無理だって言っても、お前は……美鈴がガンバレって言い続けてくれなきゃ……オ、オレ…
……死んじまうだろうがっ!!!!!」
ゆっくり政幸の顔を見る。
痩せて、目もくぼんで、苦しそうに
ポロポロと涙をながし、私のことを真っ直ぐにみていた。
政幸。
…
…
…
「ガンバレ!」
「政幸ガンバレ!」
「政幸!!ガンバレ!!」
私は精一杯、心の底から叫んだ。
何度も、何度も叫んだ。
政幸の身体の中にいる奴に届けと願いながら叫んだ。
その度に政幸は、「うん。」「うん。」と返事をしてくれた。私はただただ、政幸に、
「ガンバレ!」
そう叫び続けた。
「田中さ~ん、どうしました?」
ナースステーションまで届いた私の叫び声を聞き、駆けつけた看護婦さんは、状況を飲み込んでくれた様で、私たちのやり取りを静かに見守ってくれていた。
私が政幸を必要としているように、また政幸も私を必要としてくれている。
一緒に、乗り越えよう!
どんな結果になるのか、今はまだ解らないけど、
一緒に乗り越えていこう。
あの日以来、政幸は再び弱音を吐くことはなかった。
お見舞いに、時々来る子供たちに、笑顔を見せてくれさえした。
ただ、少しずつ衰弱していく政幸に、私は笑顔で逢いに行き続けることしか出来ない事が悔しかった。
6*絆 (夫婦編)
完
6*絆(親子、友情編)
続く。
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