4*奴でなければ
遡ること、約三年。
私は賢人と義人を保育所に預けながら、食品工場の事務員として働いていた。
毎日の伝票整理に取引先の対応、出荷先への連絡など…事務職といっても仕事は色々ある。
パートだったとはいえ、ホントにもう、毎日が戦争の様な忙しさ。
息子たちは当事4歳と3歳。
家事に仕事、子育てに追われる毎日だったけど、息子たちの寝顔を見ながら、シングル布団を横向きに敷いて3人で寝るのも、それはそれで幸せだった。
時々、ズボンのポケットに入っているダンゴムシにおどろかされたり、休日は公園へオニギリ持っていったり。
私と賢人と義人と3人。
そんなごくごく平凡な母子家庭。
まぁ、色々言えばきりがないわね。
そんな日が続いていた。
ある月初め、支社工場から私の勤める本社工場へ戻ってきた管理部長。
それが政幸との出逢いだった。
彼は丸三年、本社工場を出て郊外の支社工場で勤務してたらしいんだけど…
まぁ、簡単に言えば、経営が落ち込んだ支社を立て直す為に行っていた様で、その支社が軌道に乗ったから戻って来たって訳。
私が入社したのは丁度、政幸が支社へ配属になって直ぐの事だったから、面識は勿論なかった…
のは私だけだった様で、政幸は私がパソコンとにらめっこしてる姿を本社に来る際、よく見かけていたらしい。
母子家庭の私は、その見事支社を立て直し帰還を果たした部長の慰労会(ま、飲み会ね)になんて参加できるはずもなく、強面部長、政幸との接点もほとんどなかった。
なので『敏腕部長が本社に戻ってきた』位にしか考えていなかった。
そんな、
自宅⇒保育所⇒会社⇒保育所⇒スーパー⇒自宅
という単調な生活をしいた私に…
敏腕部長が突然、話しかけてきたの!
あん時はビックリしたよ~!
「子供さん…ですか?」
私ね、パソコンの横のところに賢人と義人の写真を貼っててね、それを見て話し掛けてきたのよ!!
ケド、私の顔見ることなくずっと写真見てんの!!
てか、睨んでるの!
強面だからさ、私、ビビりまくって…
何か怒られるんじゃないかってね、
花柄のメモ帳と机に置きっぱなしな髪留めを、慌てて机にしまいながら、
「す、すみません。」
何故か謝ってしまった。
だって、学校に関係ないものを持ってきて、先生に注意されてる気分だったんだもん。
そしたらね、その強面部長、まだ私の顔を見ずに、
「2人とも、可愛いですね。」
それでもまだ私の顔は見ることなく、賢人と義人の写真に向かって微笑んだ。
そこで初めて、強面部長は、ただの強面なだけで、全く怒ってない事に気付いて、一人で焦っていた自分がおかしくて、
「ふふっ。」
って笑っちゃったのね。その様子を横目でチラッと強面部長は私の方を見て、初めて目があった。
強面部長が、ただの部長になった瞬間だった。
「あ、すみません。何だか怒られるんじゃないかって、少しビックリしちゃって…」
私は正直に言った。
横目で私を見ていた部長は、私の方を向きなおし、
「メシ…いやお昼、まだですよね。一緒にどうかなって…」
そう言うと、私にコンビニ袋を見せる。
あぁ、私が毎日お弁当もってきてること知って言ってくれてるんだ。
直ぐに解った。
私の知る限り、同僚や部下と外食しに行く姿をよく見てたから。
だけど、挨拶する程度で、殆ど接点もない私と弁当を、しかも何処で食べて何の話をするんだよ~!?
とか思って言葉に詰まっていた私に、部長は、
「今日は外も暖かいし、近くに出来た公園、何か花咲いてて…いい感じだったから、よかったら。」
強面部長⇒ただの部長⇒ちょっと優しい部長になった瞬間…(笑)
何より、『何か花が咲いてた』って多分、今の時期、梅の花とかスイセンの花。
その何かが知りたくて、私はパソコンをシャットダウンし、
「はい。じゃあそこへ行って、何の花かみにいきましょ!」
これが部下とのスキンシップ?を大切にする、敏腕部長の戦法なんだ。
と思い、お誘いに乗ることにした。
私の予想を見事に裏切り、公園の梅の花は散っていて、かわりにパンジーが満開のいいお天気だった。
「支社から出張で本社に何度か戻ったとき、いつも真剣にお仕事されてましたよね。お昼もデスクで仕事してたから、今日は気分転換にどうかと思って。」
そんな当たり障りのない、部長の気遣いの言葉。
殆ど接点もない部下にも、きちんと目配りしてくれる人なんだ。
ちょっと優しい部長。私にも礼儀正しく接してくれる。
よし、『ちょっと』を外して、優しい部長にしよう!!
二人で公園のベンチに横並びに座り、あとは子供が何歳か。とか、元旦那とは数年前に別れて、「私、お父さん兼お母さんなんです~!」とか、今日は下の子がオモラシしちゃって、おふとんを干してきた。とか…
私のどーでもいい、会社とはまったく関係のない話を、ずっと聞いてくれた。
それから時々、お昼に誘われるようになり、その度に部長はコンビニのお弁当だったので、思い切って私は部長の分のお弁当も作って持っていき、初めて私の方からお昼を誘った。
だって今の時期、桜満開でお花見気分じゃない?
それだけの理由。そう思って作ったつもりだったけど、自分が思ってたよりもお弁当はとても張り切った内容だった。
そして、部長の優しい素顔を初めて見た…
すっごい嬉しそうに、めちゃめちゃ笑顔で、
「マジ?」
だって(笑)
この笑顔は会社の人は見せたことないんだろうなってのも思った。とても強面とは程遠い、すごく可愛い笑顔だったからね。
そしてそのお弁当をキレイにべて、部長は私にこう言った。「今度の日曜日、一緒に、勿論子供たちも連れて公園でも行かない?」
も、もしや、子連れバツイチ、デートに誘われてる!?
てか、よく考えたら私が毎日お弁当持参な事も、パソコンに向かって仕事しながら食事してた事も全部知って、しかも忙しい部長なのに、わざわざ公園でパートさんとお昼なんてしないよね。
わ、私、もしかして好意持たれてる!?
私は自然とこう答えていた。
「休日、公園に行くときはオニギリだけてすが、いいですか?」
その日の夜、賢人と義人に話をした。
「あのね、今度の日曜日、公園に行かない?ママの会社の人が一緒に行きたいんだって~。」
賢人は、
「ママのお友達?い~よ!」
義人も、勿論賛成してくれた。
ん!?
何だかドギマギしてたの、私だけ?(笑)
当日…
待ちに待ったその日は、まぁ結論から話すと、私はほぼ無視状態で、部長と賢人、義人の3人は夢中でサッカーしたり、野球したり。
母親では限界があるような遊びを腹一杯やって家へ帰って来た。
しかも息子たちよ。
会社では、敏腕強面部長に対して『まさちゃん』とか呼んどる…
お礼にと、我が家である古びた長屋に上がってもらい、4人で夕食を食べる事にした。
前の旦那とこんな時間、一切なかったから私もはしゃいじゃって…。
子供たちは、さらにはしゃいで、
「僕たちがお風呂揚がるまで帰らないでね!」
そして上がると同時に、
「まさちゃん、泊まっていきなよ。もう寝る時間だよ~!」
義人~!いくら、4歳とはいえ、仲良くなりすぎなうえに、お前さん、ちと図々しいよ……
私はさすがにそれはダメだと思い義人に、説明しようとした瞬間、
「じゃあ、そうしよっか~!」
と、何故か3人で布団へ行き、誰が何処で寝るかを会議中。
会議終了後、部長…いや、ここではまさちゃんか。
そのまさちゃんは子供たちの目を盗んで私に言った。
「子供たちが寝るまでいてもいい?勿論、泊まらずに帰るよ。だけど子供たちの希望も叶えてあげたいんだ。だからさ、明日子供たちが目覚める前にまた来てもいいかな?」
その言葉で、私はまさちゃんの誠実さと子煩悩さ、そして私への好意を確信し、私もまたそのまさちゃんに惹かれている事を実感した。
約束通り、子供たちを寝かせつけてくれた後、まさちゃんは帰って行き、翌日の早朝は再び私の家にやって来た。
片道40分の道のりを、子供たちの為、そして私への誠意を表すために、その後も休日の度に繰り返しまさちゃんはそうしてくれた。
丁度そんな生活も、2ヶ月が過ぎた頃。
いつものように、まさちゃんは子供たちを寝かせつけて、居間へ戻ってきた。
だけど、今日の私には計画があるもんね!!
「子供たち寝た?今日は2人で1杯…どぉ?」
そう。私、2人でもっと話したい。
そんな気持ちで、今日は帰ることが出来なくさせてしまえ作戦!!
実はこっそり、泊まっていってもらえるよう、パジャマも準備してるの~!
「えっ!?飲んじゃうと運転できないから…よし、今日は代行か!」
どこまでも誠実なまさちゃん。
だけど、私は意を決して言った。
「居間でよければ、泊まってく?」
まさちゃんの反応が恐くて、少しうつむいて様子を伺うと、まさちゃんは真っ直ぐに私を見ていた。
「いいの?」
私はまさちゃんの顔を見ずに頷いた。
彼はそっと私に近付き、私の肩に両手を乗せ、私の顔を覗きこむ。
「子供たちと仲良くなって~それから美鈴ちゃんと仲良くなって~…っていう作戦、もしかして成功?」
そんなに正直に言われちゃ、こっちも素直になるしかない。
「はい…まんまとその作戦にはまっちゃいました。」
私はまだ、顔を上げれずにいた。
まさちゃんはそのまま私に向かって、
「僕とお付きあいしてくれませんか?勿論、今まで以上に子供たちを尊重することも約束する。2人でデートしたいときは、俺、平日に有休とるから。そして、美鈴の事も大事にする。俺に出来ることあれば、その…力になりたいんだ。君のこと、本社に戻って来る前からちょくちょく見かけてて…その~まぁ、何って言ったらいいか……。」
まさちゃんが口ごもった。
元々、口下手な人がこれだけ一生懸命にここまで話してくれただけで充分。
私はやっと顔をあげてまさちゃんを見た。
「もしかして、一目惚れってやつ?」
ちょっとおちゃらけて、笑って言った。
まさちゃんは、少しだけ間をおいて、
「はい。」
すごーく照れ臭そうにそう答えた。
この人となら、一緒に頑張っていける。
心の中からそう思った。
子連れバツイチの恋愛話はこの辺にしておかないと、うんざりされちゃうわね。
と、まぁこんな感じで、私と政幸は付き合う事になったって訳。
はじめの頃は、土、日に泊まって、月曜日、出勤時間ずらして家を出る。そんな毎週の繰り返しだったんだけど、政幸の荷物が我が家に少しずつ増えはじめ、気付いたら政幸は週一で着替えをとりに自宅へ戻る程度になっていた。
1年半位たったある日。いつもより帰りの遅い政幸を心配して、メール送ったんだけど、返信なし。
会議とか、なかったよね…。
子供たちも眠って、22時を回った頃、政幸はやっと帰って来た。
大きな、大きな、数えきれないほど、たくさんの種類の花束。
そして、小さな紙袋と薄手の封筒。
「何?誰かの送別会?連絡してくれれば……」
ここまで言いかけて、私は花束の意味を勘づいた。
もしや、こ、これは…!!
ウワサに聞く、まさかの…!?
よし、ここは口下手な政幸を尊重し、気付かぬふりをしてみよう!
そう思った私は、政幸を玄関に放置し台所へ向かう。
「お腹減ったでしょ~?今日はカレーだよ~。」
そう言いながら、お鍋に火をかけようとした時…
「美鈴…さん。」
ん!?
さん!?
とか思ったが、私も背を向けたまま思わず、
「は、はい。」
くるぞ~!
くるぞくるぞ~!!!
「電車で花束持ってたら、すっごい恥ずかしいよね~。段ボールに入れてくれるとか、花屋ももっと考えてくれないと、こりゃプロポーズに花束は需要なくなるな。そう思わない?」
何か違~う!!
そう思って、勢いよく振り返った。
あぁ~ん!?
って、チンピラの様に突っ込もうとしてますと言わんばかりの顔をしていた私に、突然、政幸は膝まづいた。
そして、すっごい恥ずかしい思いをしてもって帰ってきてくれた、大きな大きな花束を、私に差し出した。
「俺、美鈴のお味噌汁、すきなんだ。」
私は何も言わず、頷く。
「俺、子供たちの事も、すきなんだ。」
私は再び何も言わず、頷く。
「俺、美鈴の笑顔も、すきなんだ。」
そして、政幸はほんの少し間をおいて私に言った。
「俺と、結婚してください!!」
私…お味噌汁と笑顔しか好かれてない……
まぁ、いいや!!!(笑)
花束の向こうにいる政幸めがけて、ダーイブ!!
「はい。はいはいはい、はーい!!」
政幸を抱きしめた。
たくさんの種類の花のいい香りがした。
そして、花束は半分ほどめちゃくゃ…
「あ~あ!」
台所に座り込んで、2人で笑った。
それから小さな紙袋にはね、コンヤク指輪というやつが入ってたの~!
キラキラのダイヤモンド☆
私は包装紙をクチャクチャに破り、自分の左手薬指につけた。
ボロ長屋の薄暗い台所の灯りで、キラキラ輝く私の左手…
はぁ~っと深いため息をついて見とれる。
これがプロポーズ……
ステキ…☆
よし、これからは政幸の妻として、お味噌汁と笑顔、毎日頑張るぞ!!
私が再婚だってこともあり、挙式はせず、記念にウエディングドレス姿の私とタキシード姿の政幸。
勿論、賢人と義人も小さな可愛い王子様姿で写真を撮った。
私以上に親らしいと思われることを、子供たちにたくさんしてくれる政幸。
朝寝坊な私を、優しく起こしてくれる政幸。
こんな私には勿体ないほど素敵な旦那様に巡り会う事が出来た。
そんな、無条件に私と子供たちを愛してくれる政幸に対して、私も精一杯、妻として頑張ろう。
家族に…なったんだ。
そう強く思った。
さてさて、皆様、私が政幸でなければいけない理由、ご理解頂けたかしら?
長々、バツイチの恋愛話はホントにここでおしまい。
あっ、あの日政幸がもうひとつ持って帰って来た薄手の封筒~!?
婚姻届に決まってるでしょ~!!(笑)
4*奴でなければ
完
5*田中家入りまーす
続く
お読み頂き、ありがとうございます。
初めての作ですので、感想など気軽に書き込んで頂けると嬉しいです。
今後も宜しくお願いします。