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シェア ハウス  作者: 田中美鈴
3/10

3*決断

15時。私は自宅マンションのテーブルで、処分した車や最低限生活に必要な家具、家電以外の家財道具などで少しだけ残高の増えた通帳と、この高層マンションのガードキー、そして今日貰って帰ってきた2号室の鍵を並べ、それらとにらめっこし座っていた。


頭の中を整理するため、お気に入りのメモ帳を1枚取り、1文1文丁寧に書き出す。

○通帳残高

○毎月の生活費

○出産準備費用

○政幸の毎月の治療費×(掛ける)……


毎月の治療費掛ける?

掛ける何ヵ月?

12??


そんな簡単に12とは書けなかった。

そりゃそうだよ。

書けないよ。

政幸がもしかして、急激な医学の進歩とかで、元気になって帰ってくるかもしれない。

帰って来てほしい。

そう思った。

だから…私の心は決まりつつあった。


今のマンションより病院近いし…今日行ったあの家…シェアハウス?

よくは解んないけど、部屋以外は全部共同ってだけでしょ?

母子寮に住むって考えればいいじゃん。

そしたら、今ここにある最低限残していた家具、家電もいらなくなるわけだし…

あの若い女の子、真奈ちゃんだっけ?

あと、割烹着の千代子さん?優しそうだったし。

それに私、出産控えてるから暫くは働けないから……


何より、家賃が安いっ!!

スーパーの『白菜が安いっ!』みたいな響きだな、こりゃ……(笑)


まぁ、特技の、思い立ったら即行動!!


政幸さんよぉ~、毎月の治療費掛ける、20でも30でも50でも100ても、ドーンと来なされ!!

……


気がつくと、メモの

○政幸の治療費×(掛ける) の続きには、たくさん数字が並んでいた…。


新しい円周率?(笑)

私はメモに向かって思わず、ははっ!

と、少し笑った。


うん。

私、わらえるじゃん。

なら、大丈夫。

全部大丈夫……。



「ただいま~。」


あ、賢人と義人だ。

学校から帰ってきた。

もう、16時を回っていた。


一気に、部屋の空気…てか、私の母親スイッチ、オン!!

「2人とも~、ランドセル置いといで。ママ、大切なはなしがあるの。」


場の空気を読む賢人が、私の身体を気遣う様に、

「赤ちゃん…産まれそう…?」

少し不安そうだった。「違うよ~。まだ産まれない。だからランドセル置いといで。」

私は微笑んで賢人に言った。


長男…なのかは解らないが、ホントに賢人は私の身体や心の状態に敏感だ。


「話ってなぁに~?パパ、帰ってくるの~?」

次男、義人は常にマイペース。

だけど私がお料理中、包丁で手を切ったりすると、一目散に駆け付ける。

ま、救急箱なんて気の利いた物は一切持ってこないんですけどね。


私の育てかたが良かった可能性は極めて低いが、とっても優しくママ思いの子供たち。

この位の…7歳、8歳の子にはまだあまり落ち着きがない。

だってまだ小学一年生と二年生。


2人は私の一挙一動に目を見張り、これから私が話そうとしている事が何か、様子を伺いながら、毎日食事をするときに座る、それぞれの席に着いた。


私は浅く息を吸い、2人にゆっくり話し始めた。


「あのね、この前、車をほしいって人にあげたでしょ?」

そう。先月車を売った。

その車は、賢人と義人、そして政幸が家族会議で決めた大切な車。

その大切さと事の重大さを、子供ながらに理解していた賢人は頷く。

「うん。お礼にってパパの病院のお金を少し払ってくれるって言ってたやつでしょ?」


物わかりがいいとはこの事だな。

と、つくづく感じながら、私は2人に話を続けた。

「そう。そしたらね、何と、もっとパパの病院のお金を払ってもいいよ。って人にママ今日会ったの~!」


すると義人は、私が福引きを当てた時、喜んで話を聞いてくれた時と同じ口調でこう言った。

「すごいじゃん!!ママ、やったね~!」

身を乗り出してくる。


「そう!でも…替わりにね、このお家が欲しいんだって。どうする?パパが元気になるなら、ママは思い切ってあげちゃおうと思うんだけど…」


2人の反応が怖くて、少し言葉が切れてしまった私に賢人はこう言った。

「じゃあ、外で寝るのママ、寒くない?頑張れる?」


私は一瞬、賢人が何を言っているのか理解できなかった…

あぁ~! そういうことか。

すぐに私の母親スイッチがオンにされる。


母親は、バカでも口足らずな子供の言葉を理解出来るように出来ている。

そう。賢人は家がなくなることそのものは反対することではなく、そしてその後の自分の寝床を心配する訳でもなく、私の身体の事と、今病院で戦ってる政幸の事を案じてくれている言葉なんだ…。


義人は、賢人の言葉を聞いて、私が野宿を頑張れるかどうか、心配そうに見つめている…

「外…寒いよ…?」

多分、マイペースな義人は、学校へ行くときも、帰って来るときも、家のなかにいる私が一切外出をしていないと思っている様だ。


こんなに優しい息子たち。

私よりも先の事を考えてくれている…。

泣くな!私! それが家族というもんだ!!


自分にそう言い聞かせ、ぐっと涙を堪える。

「あのね、外で寝なくてもいいように、実はパパの病院の近くに住んでる人から新しいお家の鍵、貰ったの。でもそこは、ここよりも古くてちっちゃいお家でね、お布団と学校の道具。それから、お洋服も少ししか入らない位ちっちゃいんだけど…。そして、トイレとお風呂は他に住んでる人とみんなで一緒に使う所らしいの。」


ここまで話して、私の心は完全に決まった。

だけど、少しだけ迷っている素振りを見せた。

この子たちは、私の息子。


決断…

してくれるはず。


「すごーい!学校みた~い!!」

マイペースな義人が咲きに口を開いた。

賢人は…さすが長男。

少し難しい顔をして、その後はっと閃き、話し出した。

「じゃあ…ベッドも机も…この部屋のテレビもソファも、パパの病院のお金、払ってくれるって人にあげれば、その人『こんなに貰って~!もっとたくさん病院のお金を払わせてください』って言ってくれるかもよ!!」


息子たちよ~!

まだ7歳と8歳。

だけど立派な男だ。

私は本当に幸せだ。

救われた~!!

自然に涙が出る。


「そう。そうなの。だから思い切ってみーんな、パパの病院のお金払ってくれるって人にあげちゃって、3人でパパの病院の近くの新しいお家…って、今よりボロなんだけど、そこに引っ越さない?」


2人の目が…特に義人の目が輝く。

「ボロ~?まっくろくろすけ、出るかなぁ~?」


私は頬の涙を拭い、笑って答えた。

「出るかもよ~!」

「ひぇ~!!!」

久し振りに3人で笑った。



状況は最悪。

だけど不思議と気分は晴れ晴れ。

息子たち、いいスタートラインに立たせてくれてありがとう。


私は、テーブルの上に並べていた通帳と高層マンションのガードキーをそっと隅にやり、 『2号室』と書かれた鍵を手に取った。

そして、子供たちに向かって、チャリチャリと笑って鳴らして見せた。



私、田中 美鈴。現在32歳、妊娠8ヵ月。

長男、田中 賢人。現在8歳、小学2年生。

次男、田中 義人。現在7歳、小学2年生。


そして…


旦那、田中 政幸。現在39歳、余命1年…


新しい生活、始めます。


3*決断



4*奴でなければ


続く…

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