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インスタント食品幻想風味

宵闇に侵される夕焼けにて

作者: 葱間涼

インスタント幻想風味小説。

インスタントなので察して頂けるとありがたいです

―死に兆す。また彼女に会うために―


また一人、乗客が降りた。それで人が消える。

誰もいない車内はやけに静かだった。夕焼けに染まっていて、何だか世界が終わってしまいそうな、そんな寂しさを感じた。

この電車は僕の通学の脚であり、唯一僕が独りの時間を味わえる場所である。電車に乗って1時間。こんな田舎を通っている電車に、夕方時の乗客はいない。ここは僕だけの世界のようだった。

窓の外を眺める。遠くに見える町並み家並み。あそこには僕がいない世界がそれぞれに広がっている。その世界を夕焼けが染めて。そこから感じるどうしようもないような寂しさ虚しさに僕は目を瞑った。

あの夕焼けをもし手に入れられるなら。僕は決して外には出さないだろう。無情感を感じるあの情景は。きっと今閉じた目を開けば居なくなっているはずだから。夜の闇に奪われてしまわないように。僕は夕焼けを閉じ込めてしまいたかった。


電車が止まった。目を開けば、やはりあの燃えるような夕焼けはそこには居らず、もう夜の闇に侵され始めていた。

駅の方を見る。予想通りに乗客はいない、はずだった。

しかし今日は違った様だ。今日の僕の世界はここまでだ。


乗ってきたのは、あの夕焼けを呑み込む闇のような黒をした服を着た、長い髪の女性だった。ちらりと見た感じでは、歳は僕と殆ど変わらないように見えた。

もう一度女性の方を見ると、彼女と目が合った。どうやら見られていたらしい。僕が固まってしまうと、彼女は微笑んで、こちらの方へ向かってきた。突然のことで思考が微妙に落ち着かない。


「こんにちは。いや、こんばんわかしら?夕焼けの少年」


向かいの席に腰を下ろした彼女はそう言って僕の興味を引っ張った。まさか…自分が夕焼けに例えてもらえるとは。


「夕方時にはどちらがいいのか分からないけど…初めまして、宵闇の少女さん」


そう言うと彼女は嬉しそうに微笑んだ。その笑顔は何だか、不思議な魅力というものを纏っていた。


「初めまして、夕焼けくん。まさか、宵闇に例えてもらえるなんて思っても見なかったわ」


「僕も、夕焼けに例えられるとは思っていなかったよ、宵闇さん」


「そうなの?一目見た時から夕焼けを纏ったような人だと思ったのだけれど」


「それは、あのタイミングだったら誰でも纏ったように見えたんじゃないかな」


「私は外見の事を言ったんじゃないわ。貴方、という人間の内側の話をしたのよ」


「君は人の心が見える、とか言うような人間なのかい?」


「違う。ただそう感じただけよ。初めてね、こんな事は」


「そうかい…残念だね」


「なにが残念なのかしら…それに、貴方も私を宵闇、と例えていたじゃない。似たようなものでしょ」


「それは…僕を夕焼けに例えたからだよ」


「宵闇に引き込まれ呑み込まれる夕焼け…新手の口説き方なのかしら?」


「いやいや、違うよ…ただ、それ以外にいい返しも思いつかなかっただけだ」


「あら…私の制服の色を見て言っただけじゃないの?」


「…分かっているのに聞くのは卑怯だよ。違うけどさ」


「あらあら」


そんなやり取りをこの後も繰り返した。ただただ、初めて会ったはずなのに、付き合いの長い親友と話しているような気分であった。それは彼女も同じなのか、こんな下らない、他愛ないやり取りの最中ですら楽しそうに微笑んでいた。

やはり何か不思議な魅力を纏っていた。


「…ねぇ、夕焼けくん」


「…?どうしたんだい」


「あの空を。貴方はどう思う?」


そして指指した先は窓の外。すっかり少なくなった家並みをほんのりと染める夕焼け。先ほどまでの、燃え盛るような鮮やかさはなくなっていた。


「…哀しそうな顔をするのね」


「え…?」


窓の外を眺める僕を見て彼女は、寂しそうに微笑んでいた。その顔には…あの不思議なアウラはなくなっていた。


「…夕焼けは。人の命のようだわ」


それだけ言うと彼女は窓の外を見つめて。無言になってしまった。何か続きがあるのかと待ってみたが、どうやら何もないみたいだった。いや、たまにこちらをちらりと見やる所を見ると、次は僕が話す番、そういうことらしかった。


「人の命、ね…」


それは…何だか分かるような気がした。


「僕は…夕焼けは。命の果てに燃え盛る鮮やかさを持ったものだと、そう思っているよ」


「命の果て?」


「うん。そしてそれは、直ぐに夜の闇に奪われてしまうものだ…」


「つまり、命の終わりね?」


「そう。だから僕は…」


その先は言えなかった。突然鳴り響いたチャイムの音がこの時間の終わりを告げていた。

降車ボタンが、何だかプラネタリウムのように見えた。


「私は…ここで降りるわ」


そういった彼女は…とても。それは本当に別れを惜しむような顔をして、微笑んだ。本当に…微笑みの似合う人だった。


「僕は…まだ降りられない」


「知ってるわ…まだ貴方の時間は終わっていないもの」


「そうだね…だから、ここで今日はお別れだ」


「ええ、ここでお別れ。さようならよ」


「…また明日、会えるかな」


「それは分からないわ…でも、貴方が会いたいと願ってくれるなら、きっとまた会うことが出来る」


「そうか…じゃあ、また会う日まで」


「ええ。今日の日はさようなら」


そう言って…彼女は電車を降りた。

それで人は消える。

誰もいない車内は…とても寂しかった。

ふと窓の外を見ると、もう夕焼けは残っていなかった。

闇に飲まれた世界には、ポツリポツリと家並みの光。

それがまた、何処か寂しかった…

電車が坂を登る…果たして僕は何処に向かっているのか。

今はそれが何だか分からなくなってしまっていた…


暫くして、僕も電車を降りた。辺りはすっかり暗くなっていた。夜の闇は彼女のようで…そして先ほどまでの景色と、うって変わったその空は、何だか僕の心のようだった…


宵闇に侵された夕焼けはまた明日もやってくる。そしてまた侵されて…きっと、明日彼女に会うことが出来るだろう。僕の心臓がそれを教えてくれていた。

夕焼けが命の果てなら、それを侵す夜の闇は死。そしてその始まりの宵は死の兆し。メメント・モリではないですが、少年の前に現れたのはきっと。

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