少女と運命の出会い
少女は昔から身体が弱かった。
生まれつき身体が弱い少女はいつものように病院の窓の外を眺め、同じ景色を見つめ続けていた。
少女に、『生きる』と言う事も考えていなかったのだ。
(……どうせ私は、この病院で死ぬんだなぁ……)
毎日、毎日とそのような事を考えていた。
少女は後どのぐらい生き続けるのだろうかと、何度も考えていた。
それほど、少女に『希望』と言うものがなかったからだ。
少女に家族は居なかった。
そしてこの病院は山奥の病院。
少女が見るこの光景は、緑いっぱいの山や木のみ。
既に飽きはじめていたそんな日だった。
「えっと……君が黒埼華さんかな?」
その日だけは、違っていた。
少女が声がする方に視線を向けてみると、笑みを浮かばせた一人の男性が立っていた。
白衣を着用し、眼鏡をかけた黒い髪の青年。
この病院では見かけない人だ。
「……誰?」
「はじめまして。今日からこの病院に勤めることになりました赤野章介と言います。君の担当になったんだ」
「……赤野、章介先生?」
「そう。よろしくね」
「……」
この病院の医師たちは年配の人たちが多い。
しかし、この医師は二十代後半と言うべきなのだろうか?
少女には、そう見えたのだ。
首を傾げつつ、少女は答える。
「よくこんな山奥の病院に勤めようと思ったね?」
「あはは。僕は山育ちだから、こういう自然がある所で勤めようと思っていたから」
「ふーん……えっと、とりあえず、よろしく」
「はい。よろしくお願いします」
手を伸ばされたので、少女、黒埼華はその手を握る。
握ったその手が、冷たく感じたように思えた。
どうしてそんな事を思ってしまったのか、その時華は知らなかった。
これが、少女の運命を変えるという事を知らないまま、少女はそっと笑った。
いつも他の人たちに見せる、作り笑顔で。
* * *
「華ちゃん」
いつものように華が窓の外を眺めていると、笑みを浮かばせた白衣の医師、赤野章介が姿を見せた。
眼鏡をかけ、少しだけ白衣が乱れている様子が見られる。
「……どうしたの?白衣すごく乱れてるけど……」
「あははは……いやぁ、ここの看護婦さんたち、積極的で……」
「ああ……その意味わかったよ。ここの医師は年配の人が多いから……若い人が入るのは、珍しいんだよ。看護婦さん数名は若い人たちが多いしね」
華はどこかヨレヨレ白衣を着ている赤野が面白くて仕方がなく、笑いを少々こらえながらも窓の外の景色を見るのをやめ、近くにおいてある本に手を伸ばした。
華は推理小説が好み、病院に置いてある文庫本を片っ端から読んでいる。
それしかやることがないからである。
読み始めた本に気付いた赤野は華に近づき、答える。
「華ちゃんはそのシリーズの本が好きなのかな?」
「まぁ、面白いから好きかな……でもここの病院、途中までしかこのシリーズ置いてないから読みたくても読めないんだよね……」
以外にこのシリーズは面白いのだが、この病院は途中までしか置いておらず、読めない状態。
丁度いいところで終わってしまっているので、続きが読みたいとつぶやいてしまった。
すると赤野は笑みを浮かばせながら華にむけて答えた。
「それなら大丈夫!この赤野先生のお任せください!」
「え?」
「実は僕、このシリーズ最後まで持ってるんだよね。良ければ貸してあげるけど?」
「……マジ?」
「マジだよ」
ニコニコと笑う赤野の姿を見て、華は今日始めてこの赤野のことを『天使』だと思えるぐらい、感動してしまう。
華はそっと、笑みを浮かばせた。
少しずつ、自分自身の心が解けていくかのように、少しずつ、笑い続ける。
そして、感じてしまった。
(いつまでも、こういう時間が続けばいいのに)
いつの間にか、赤野と一緒に笑い続けていたいと、そう思っていたのだ。
二人の『終わり』が近づいてくるという事も、知らないまま。