†chapter13 殺人鬼の正体02
「雫ちゃんと拓人が魔窟大楼の20階におるやと?」
上条は何となく天井を見上げた。低い天井に吊るされた裸電球が微かに点滅した。
「うん。そのベレー帽の老人が倒れている部屋とは別のところだけど、雫と拓人とそれともう1人若い女がいたわ」
みくるが言うと、上条は「若い女ぁ?」と言って首を下ろした。
「あの女は確かALICEのリーダーね。名前は瀬戸口だったかな?」
「ALICEって、ガールズモッブのALICEか? そんな奴と何でつるんどるんや? というか、そもそも何で拓人たちが魔窟大楼におんねん?」
「さあ? そんなことまでわからないわよ」
みくるが冷たく言い放つと、楊が車椅子を近づけてきた。
「あんた今、中島和三郎が魔窟大楼の上層部で倒れてるって言ったかい?」
「ええ。何か大きな部屋で倒れていて、そして……」
「そして?」
上条が聞き返すと、みくるは閉ざしかけた口を開いた。
「何だかヤバい状態みたい。その部屋にはもう1人捕らえられてる人と、それを見張ってる人間が3人いたわ」
店内に沈黙が落ちた。安物の電球だけが、チカチカと音を立てている。
「なんや、中島和三郎はトラブルに巻き込まれとるようやな」
上条はズボンのポケットからスマートフォンを取りだした。
「けどまあ、拓人がその近くにおるんなら話が早いわ。ちょっと電話してみる」
スマートフォンの画面を操作し耳に当てると、5回程コールしたところで電話が繋がった。
「もしもし、拓人?」
そう言ったのだが、スピーカーからは「ただ今電話に出ることが出来ません」という定型メッセージが流れてきた。
「あれ? なんや、あいつ」上条は、自分のスマートフォンを睨みつけた。
「拓人、何だって?」
「何もあらへん。着信拒否や」
「着拒?」
みくるは不可解そうに片方の眉を上げ、楊は神妙な顔で成り行きを見ている。
「何か怒らすようなことでもしたんじゃないの?」
「してへんわ。昨日も琉王さんの奢りで一緒に飯食いに行ったんやで」
「そうなの?」
上条は店のカウンターに歩み寄ると天板の上に両手を乗せた。
「もうあんな奴当てにせえへん。中島和三郎は自力で助けに行く。楊さん、ここは武器屋やろ? 何か武器を売ってくれ」
呆然と見ていた楊が1つ咳払いをし「ああ、何が欲しい?」と聞くと、それを遮る様にみくるが口を挟んだ。
「ちょっと待って!」
「どうかしたんか?」
「あたしが見た20階の雰囲気が本当に異常だったの。拓人たちも何か目的があってこんなところにいるんだろうし、電話も出れる状況じゃなかったのかも……?」
「うーん」
上条は壁の高い位置に飾られている木の棒を手に取った。ニスが塗られ光沢が美しい、白樫の六尺棒だ。
「拓人たちも、中島和三郎を救出しようとしとるんやろか?」狭い店内で上条はその六尺棒を片手で器用にクルクルと回した。
「何だか胸騒ぎがするから、もう一度千里眼で調べてみる」
「心配せんでも大丈夫やろ。拓人は戦闘向きの能力やからな。銃弾が飛んでこようと、疾風の能力で吹き飛ばすから無敵やで」
バトントワリングのように華麗に六尺棒を回転させると、最後にそれを地面に叩きつけ強度を確かめた。
「うん、これでええ。楊さん、この棒買うてくで」
楊は皺だらけの眉間に更に皺を寄せ、上条を睨みつけた。
「それだけ使いこなせるならその六尺棒も本望だろ。ついでにそれもくれてやるよ」
「これもただでくれるんか? ラッキー!」
1000万円分の治療費を免除するくらいなのだから、中島和三郎を連れてこれるならば店の商品の1つや2つ楊にとっては惜しくないのだろう。
「ほんならちょっと上層階まで行ってくるから、みくるちゃんはここで待っててくれるか?」
振り向いた上条がそう言ったのだが、みくるは黙ったまま瞳を閉じている。いつの間にか千里眼の能力に入り込んでいたようだ。
「雫ちゃんもいるんやったら大丈夫やと思うけどなぁ」
誰に言うでもなく上条が呟くと、瞑想するようにそこに座っていたみくるが突然「えっ!?」と声を上げ席を立ち上がった。
「びっくりした! 急にどないしたん?」
そう聞くと、みくるは青褪めた顔で唇を小さく動かした。
「銃弾の雨……」
「じゅ、銃弾の雨?」
始めは意味がわからなかったが、理解すると上条は大きく息を呑みこんだ。
「そら、電話しとる場合ちゃうなぁ……」