†chapter12 悪徒の城06
部屋の中の人間に気付かれぬよう、拓人は壁を背中につけて横ばいに歩いた。同時に耳を澄ますが、中からは何の音も漏れてこない。慎重に窓の横まで辿り着くと、顔を出し中を覗き込んだ。しかし窓の向こうは暗幕で塞がれ、中を確認することが出来なかった。
だがわざわざ暗幕で防ぐということは、中に何か見せられない物がある証拠かもしれない。
拓人は膝を曲げ窓の下を潜ると、人の出入りの出来る掃き出し窓までやってきた。そこからもう一度、中を覗き込む。しかしそこもやはり暗幕が垂れていた。
中は確認出来そうにないな。そう思った矢先、掃き出し窓のクレセント錠が開いていることに気付いた。先程中の人間が外を確認した時に、施錠し忘れたのかもしれない。
拓人は細心の注意を払い、掃き出し窓に手をかけた。開けた際に風で暗幕が揺れぬよう、精神力を高めた拓人はこの付近の風を全力で止めた。
彼の持つ疾風の能力は、何も風を起こすだけではない。技術的には難しいが、吹いてる風も多少ならやませることが可能なのだ。
そっと掃き出し窓を開けた拓人は、暗幕との間に身体を滑り込ませ、そして静かに閉めた。気付かれたかどうかはわからないが、とりあえず暗幕が揺れることはなかった。
心臓の鼓動が激しくなる。極度に緊張しているにも関わらず、拓人は口元に笑みを浮かべていた。それこそ子供の頃、憧れていたスパイにでもなっているつもりなのかもしれない。
気分が高揚した拓人は、静かに息を吐き出しながら聞き耳をたてた。コツコツと足音が聞こえる。先程外を確認した人物だろうか? 幸いにもその足音は徐々に部屋の隅に遠ざかって行った。やはり部屋の中の人間は、こちらに気付いていないようだ。
その隙に拓人は暗幕の端に移動した。全身に汗が滲む。吐き気すら催してきたが、それを必死に我慢し幕の端から部屋の様子を窺った。
100平米程度の広い部屋に、デーンシングのメンバーらしき男たちが3人、そして部屋の中央に椅子に座ったまま縛られた老年女性が1人、それともう1人部屋の奥に老年男性が横たわっていた。奥の男性はもう死んでいるのかもしれない。拓人は心の中で合掌した。
果たして部屋の中央にいるあの女性が琴音の母なのだろうか? 失礼ながら、琴音の母にしては歳を取り過ぎている印象を受ける。とりあえず行方不明になったALICEのメンバーでないことは確かだろう。
さてどうやって助けだしたら良いものか?
敵は部屋の中の3人、そして入口を見張っている2人。「亜種でないのなら勝ち目はあるか」そう思ったがすぐに瀬戸口に喧嘩はなしだと釘を刺されていたことを思い出した。確かに人質もいるので、戦うのはやめておいたほうが賢明かもしれない。
拓人が静かにため息をついたその時、部屋の中に異変が起きた。突然、007、ジェームス・ボンドのテーマが流れ出したのだ。これは他でもない拓人のスマートフォンの着信音だ。
慌ててポケットからスマートフォンを取り出し、着信音を止めた。着信は上条圭介からだった。
「あいつめぇ……」
拓人の顔が青ざめると共に、部屋の中に異国の言葉で怒号が飛び交った。「誰だっ!」とでも言って騒いでいるのだろう。
拓人が背にしていた掃き出し窓を勢いよく開けると、部屋の中に銃声が轟く。
「マジかっ!?」
いくらなんでも、いきなり銃撃してくるとは思わなかったので、拓人は半ばパニックになりながらベランダに出て壁を背にした。その間も銃声は鳴り止まない。飛び交う銃弾と、破壊されていく窓ガラスでベランダは修羅場と化した。
あまりにも激しい銃撃でキーンと耳鳴りが鳴っている。1歩でも逃げ遅れていたら蜂の巣にされるところだった。
「さすがはデーンシング。容赦無いな……」
割れたガラスの粒が、濃い霧の中キラキラと舞っている。銃弾の雨は長い時間、止むことはなかった。実際のところ1分程度だったのかもしれないが、拓人にはそれが10分にも、20分にも感じていた。
やがて銃声が鳴り止むと、辺りは深い森のような静寂に包まれた。ただ先程の銃声が耳の奥に反響していて、実際に静かなのかはどうかよくわからない。
しかしアクションを起こすなら今しかない。敵がベランダに出てくる前に、こちらから攻め込もう。
拓人は髪の毛を逆立てると、突風が吹いた。開け放たれた掃き出し窓から入り込んだ風が暗幕を膨らませると、再び撃たれた銃弾が暗幕に集中した。しかし、すぐにそれが敵ではなく風の仕業だと気付いたのだろう。銃声が途絶えると、拓人は今一度吹かせた風と共に暗幕に突っ込んだ。狙い通り銃弾は飛んでこない。膨れた暗幕がブチブチとカーテンレールから外れると、そこから飛びだした拓人は風の勢いに乗って部屋の中央に着地した。
攻めて来たものの、拓人はいきなりデーンシングの構成員5人に囲まれてしまった。勿論全員銃を構えている。
「正義のヒーロー登場!」
絶体絶命の状況だが、拓人は不敵に笑って見せた。




